はる くんは 2

生まれた時、あまりにぶちゃいくだったので“がんちゃん”と呼ばれました。
2歳になった今も、決してハンサムとは言えません。娘のRちゃんは「昭和のかおりがする」と表現します。

いとこのみずきちゃん、そしてとしくんもあきこおばちゃんも“はるく~ん・はるくん”とかまってくれます。はるくんは、ゆうきちゃんが特別好きでかきついていきますが、シャイなゆうきちゃんはちょっと恥ずかしげです。それでもおかまいなしです。

はるくんは幸せです。自然の流れの中にいます。

みんながだんだん大きくなって、chiyomiさんの腕の中にすっぽり収まらなくなってきました。話し言葉は片言で、歩く姿も頼りない・・一番かわいい時期は過ぎていこうとしています。
お父さんが仕事を終えたら、みんな一緒にお泊りでなしに“一人ずつ”我儘させてあげたいとひそかに思っています。

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はる くんは 1

P1020439 「くろまめ く~さい」
黒豆が大好きな孫のはるくんは、口いっぱいほおばってエンドレス。
煮汁は、最後の一滴まで飲みほします。

おもちゃ部屋に置いてある箱から、自分でミカンも持ってきて「む・い・て」と手渡します。あまりに度々なので無視すると・・皮のままかぶりつきます。

お菓子は、両手に持たせてもらえなかったら気に入りません。半分に割って持たせると、ほ~り投げます。

なが~いおうどんも、手づかみで“つるつる”っと上手に食べます。ゆうきちゃん以来の、みごとな食べっぷりです。

chiyomiさんは、この冬2度目の黒豆を炊いています。
お天気が続きそうなのでサツマイモを蒸して、干し芋も作りました。去年は作らなかったので、はるくんは明日 “干し芋”初体験です。

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現役引退話

お父さんと二人、ひさしぶりに 「高田屋」 さんのお寿司に行きました。

“山芋とタコの炊き合わせ”の小鉢が出て、生ビールで乾杯。
“フグのから揚げ”が出来上がるまでに、ウニ・赤貝・うなぎ・・そこで「高田屋」さんお勧めの、五島列島のブリ。
たっぷりの白子が焼きあがり、熱燗をたのみました。
トロ・蒸し鮑・・至福の〆は、もう一度ブリ。

カウンターで食べるお寿司は、はずむ会話もごちそうですが・・

「高田屋」さんの開店と、我が家の引っ越しは30年あまり前の同じ頃で、ご近所さん。三田に開発されたニュータウンが売り出される直前でした。
ご主人とお父さん、chiyomiさんは24年生まれの同い年。きれいな奥さんは、ちょっと年上。
「高田屋」さんはバブリーに、我が家はささやかに人生の収穫期が過ぎていきました。

「高田屋」さんとお父さん、二人の現役引退話が出た夜でした。

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ゆうきちゃん

「ゆうきちゃん」 と呼びかけると 「ゆうきくん」 と訂正が入るようになりました。
それでもつい 「ゆうきちゃん」 と呼んでいるとついに 「おばあちゃんは、何でゆうきちゃんと呼ぶん?」 と聞かれてしまいました。

去年あたりから、おばあちゃんはゆうきちゃんを抱きあげられなくなりました。体重はなんと26Kほどにもなったそうです。
背丈も伸びて、男の子らしくなりました。

でも・・おばあちゃんにとって、ゆうきちゃんはやっぱり「ゆうきちゃん」やねん。

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お正月に

みんなが集まって、気持よ~く食べてくれました。
冷蔵庫が空っぽになり、我が家のお正月は終わりました。

お父さんと共に 「こんなんや・・あんなんや・・」 と5人の孫たちの成長を喜び 「ああしてやりたい・・こうしてやりたい・・」 とはしゃいでいるうち、ふと気付いたらchiyomiさんはこの夏63歳になります。
これはまずい。年末に転んだダメージを、抱えたままの年越しでした。

10日が初出勤と、長いお正月休み中のお父さんは今日もいません。一人暮らしが身についたchiyomiさんは、お父さんが出かけるとほっとくつろぎます。

お昼ごろから雪が降り出しました。うまい具合に、おでんが炊けています。

新しい年が、みんなに穏やかで幸せな年になりますように。

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黒豆

昨日は母の月命日でお墓に参った後、黒豆をもらいに従姉の家に寄りました。

この夏世話が出来なかったchiyomiさんの畑の黒豆は、虫食いだらけでひどい状態した。弟のお嫁さんがせっせと自分の親戚に枝豆を用意されるのを、複雑な思いで見ていました。

黒豆のポン菓子を作りたいと思って 「去年の黒豆がほしい」 と、言った時もそうでした。実家のお米を貯蔵する大きな冷蔵庫には、去年とれた黒豆が残っていたのを知っていました。ポン菓子は、去年の豆で作るとカラッと出来るのです。弟が持ってきた黒豆は、裸で箱に入れてあった一番悪い豆でした。それを見た真美さんは「すみません、それ私が落としてしまい拾ったのですがゴミが混ざっています」 弟は渋々袋詰めの黒豆を持ってきました。

黒豆も、もう私の分は無いと思わなあかんのです。

持って帰った黒豆で、ちょっと早いけど炊いてみようと材料を揃えました。調理台の奥から取り出した釘を入れた袋を見て・・これ、お母さんが作ってくれた袋や・・思うなり涙があふれます。
ここ数年黒豆を炊く度失敗続きだった母は、私の炊いた黒豆を持っていくたび「おいしいなぁ~。じょうずにたけとるなぁ~」と食べてくれました。「お母さんの作ったった黒豆が上等やさかいやで」と必ず答えましたが、黒豆を炊くのが本当に上手だった母は・・寂しかったかもしれません。

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しんがりは?

P1020422P1020428 11月生まれのはるくんのお誕生会のことです。
ゆうきちゃんは、はるくんを喜ばそうと密かに“クラッカー”を準備していました。いざその時になって、クラッカーはすでにはじけていたのです。

ゆうきちゃんの思いをつなぎたくて、今日のまさとくんのお誕生会にchiyomiさんは“クラッカー”を準備しました。ゆうきちゃんのお母さんも。
クラッカーは二度はじけ、みんなでおいしいケーキを食べました。

4月生まれのとしくんから始まり、5月はみずきちゃん、8月にゆうきちゃんとchiyomiさん、11月は はるくん、そして今日まさとくん。「今年のお誕生会は、まさとでおしまいやね」と言ったchiyomiさんに「お父さんがおる」と声がかかりました。

12月30日、お父さんは62歳のお誕生日です。

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晴れのち くもり

P1020417 一時雨の天気予報は前日覆り、朝から快晴。

 ☆今日のコース☆
神鉄有馬温泉駅・・・落葉山・・・灰形山・・・湯槽谷山・・・湯槽谷・・・神鉄有馬温泉駅

12月も半ばと言うのに、ほどよく暖かな空気。落葉した木々の向こうに、絶えず六甲最高峰を眺めながら・・視界良好。
幸せな一日の締めは、有馬温泉の気になっていたケーキ屋さんでケーキセットと浮かれていたせいでしょうか・・

足元の石に気付かず・・転んでしまいました。
なんでもないところです。あっというまもない間の出来ごとで、しばらく起き上がることができませんでした。

それでも約束のケーキセットは、参加。
帰宅後即、歯医者さんに急行しました。

顎は三重あごに腫れあがり、唇は“たらこ” その下は内出血で黒ずんでいます。運悪く、今日はお父さんが帰ってくる日。「気のどくで、じっと見とられへん」としみじみ言いました。

写真は“ツルリンドウ”の赤い実です。

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雨です

夜中に目覚めた時、雨音がしていました。
その次起きたのは、9時前。急きもあわてずもせず、まずごみを出しました。
昨日参加した例会は、距離もなく簡単なコースだったのに疲労感が残っています。怠惰な日常を送っているせいでしょうか。

母が亡くなった後、あんなに執着したchiyomiさんの畑にも以前の欲がなくなりつつあります。「今作っている畑に来るなと言っているのではないけど、このお金で近くに畑を買ったらと思う」と、弟が持ってきた相続のお金を気力もないまま受け取ったのが一月前。
母屋の建て替え時移された母の箪笥は、先日なくなっていました。母が生きている時も、亡くなってからも開かずじまいでした。亡くなった母に、従姉妹たちが着物を選び着つけてくれ送れたことに感謝しています。

いろんなことがありました。
ボディーブローのように効いてきて、もうどうでもいいと思いだします。

特別の用事もなく過ごす雨の一日は、あっという間に過ぎていきます。

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好きな顔

今日午前中、予約していた美容室に出かけました。

オーナーの美容師さん一人で切り盛りされていて、予約時間はお客さんは一人だけの対応だから普段から会話が盛り上がりますが、次のお客さんが急なキャンセルでさらに余裕がありました。そこで “好きな顔”談義が始まりました。

60年余り生きてきたなかで、chiyomiさんが一番印象に残っている好きだなぁ~と思った顔は、PL時代の清原君の笑顔です。次に好きなのは「はにかみ王子」と呼ばれた頃の遼くんです。

美容師さんは「私は二重(瞼)のくるっとした系が好き」と、成宮寛貴の写真集を見せてもらいました。具体的です。
毎日一人は「韓流ドラマにはまっているお客さんが来られるから」と、分厚い特集雑誌もあり見せていただくことになりましたが、韓国の俳優さんの中でただ一人好きだなぁ~と思うイ・ビョンホンさんのスペースはほんの少し。時代は変わっているそうです。

取り残されそうなchiyomiさんも、カット&パーマで少しきれいになったかな?
歩いて帰りつつ、そうや・・お父さんの顔・・あきのこないいい顔や。忘れていました。

それから・それから、ナゴヤドームで3連敗でしたが落合監督の動じない顔も好きです。

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