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青春のうた

“青春のうた、ベスト・コレクション”として、懐かしい曲6曲をCDに入れ、それらの曲が歌われた時代を写真とか読み物で紹介した小冊子とセットで発売されています。隔週刊で今3号まで出ています。

1号は、“神田川” “花嫁” “心の旅” “あの素晴らしい愛をもう一度” 他2曲、70年代・前期です。これだけ入って、創刊号特別定価390円でした。思わず飛びつきました。

2号には、ガロの “学生街の喫茶店”が入っています。懐かしい曲ですが、今回から定価が990円になります。やめました。

高くなったからだけじゃないのです。1号のCDを聞いていて、好きな曲ばかりなのにあまりにも聴きたい曲ばかり次々と流れると、かえってありがたみがないのです。
懐かしい曲、好きな曲、思い出のある曲。そんな曲は、思いがけなく流れていたり、ふと聞きたくなって聞くとうれしいけど、こんなに大安売りで聞いても・・・

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36年前の春

もう忘れてしまいそうな20才の私の春は、両親や職場の方たちの気持ちを考えると、毎日が重たい空気の中で押しつぶされそうな希望を支えるのにせいいぱいだったと思います。

『大学にいきたい』 おそるおそる母に言った時、母の顔を見ることが出来ませんでした。

弟が生まれてすぐ大工をしていた父は結核を患いました。結核は嫌われる病気だったし、健康保険もなくずいぶん貧しい生活が続いた後、退院した父は織機大工として芦森工業に勤めだしました。片肺を取り残ったもう一方の肺も正常には機能していなかった。家を建てる大工の仕事は無理だけど、会社勤めでの織機大工の職を得て、なんとか人並み?の生活が出来るようになっていったのが私の小学校時代でした。

高校進学に際しても、大学進学は無理と感じていたのでその数年前に新設された産業高校にしました。就職する時も、都会に出たかったけど母の気持ちに折れて地元で就職しました。

地元の信用金庫に就職し1年半がたった時、まさかこんなどんでん返しが待っているとは母は思わなかったに違いないと思うと、私の気持ちは萎えてしまいそうでした。私の『大学にいきたい』気持ちに気付いていた母が、中学時代からこれまでどんなにか心を尽くしてくれたか私も母の気持ちに気付いていました。

受験日の朝、篠山口一番の汽車に乗って、篠山口から大阪までちょうど2時間かかった時分です。京都駅に着いてからは市電に乗り換え。と言っても下見もしていない私はそれらしき人たちの後をついて衣笠の試験場に着きました。今思えばよく着いたことです。

合格発表は、仕事が終わってから出かけました。半分合格してないことを願って発表を見に行くのは私位かもしれないと思いつつ、夜の校庭で自分の番号を見つけた時はうれしかった。でもこれから始まるさまざまなことを考えると、私の気持ちは重く沈んでいたと思います。

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いってきました

 “スイスに行きたい”を 後押しする為に、スイス旅行ツアー説明会に行ってきました。

会場は満員で、そのほとんどが熟年以上のご夫婦でした。女性のお友達同士の方と一人参加の方が合わせて3分の1ぐらいです。これには正直びっくりでした。
よそのご夫婦は仲が良いのですね。みんな幸せそうに見えました。

JTB “旅物語” の方に説明会の後で聞いてみると、『うちの企画は、おもに定年退職なさったご夫婦と女性のお友達同士の参加を対照にしています』と返事がありました。

友達にも娘にも同行を断られ、もちろんお父さんが一緒に行ってくれる筈もない。一人で大丈夫だろうか? でも行きたい気持ちがいっぱいでやっと説明会に参加したのに、また後戻りしそうになりました。

ビデオを見せていただき、配っていただいたパンフレットや地図、写真集、“ハイジの国へようこそ”の小冊子まであって。
アイガー北壁が正面に見えるホテルで2泊も出来るそうだ。
ツェルマットでも2泊なので、マッターホルンを見ながら半日間ハイキングの自由行動が出来るそうだ。
運がよければグランドジョラスも見えるらしい。
ハイジの原風景にも出会える。 chiyomi さんはやっぱり行きたい。

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青春18きっぷ

今朝仕事に行く時JRのダイヤが乱れ、いつもの電車が遅れていたので “青春18きっぷ” を買ってきました。頼まれていた友達のぶんと2枚。たぶん今日から発売だったと思います。

春 夏 冬と年3回発売されますが、私は春季だけ買います。切符を利用できる期間の3月1日~4月10日は、春さがしにぴったりです。

今年はまず3月1日に、奈良東大寺二月堂のお水取りから出発の予定です。夜の7時からなので、それまでにどこに行こうか楽しみにしています。一緒にいく友達はこのまえ、今年は倉敷まで行ってみようかと言っていましたが、3月1日までに一つずつプランを立ててくるのが宿題です。5回の内、行きたい所の気が合った時だけ一緒に行きます。

一昨年は桜の開花が早く、西国三十三ヶ所の上醍醐寺にお参りした時に見た醍醐の桜は遅すぎたぐらいだったのに、その後行った滋賀県の賤ヶ岳から見る奥琵琶湖と余呉湖は、まだ早春でした。長浜の豊公園の桜も、さくら100選に選ばれている桜ですが、つぼみ膨らむ程度でした。そんなことも楽しみです。
去年は、桜が遅く18きっぷは盛り上がりに欠けましたが、今年も今の所遅そうですが・・・・・

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私のしごと

お父さんの仕事が篠山の宅地造成現場に決まった時、その工期が1期2期で4年はかかると言うことで、それなら近くにアパートでも借りようかと思いました。それがいつのまにか家を買うことにまで発展したのです。

家は買えたものの、その時お父さんは29歳。貯金もほとんど無く、もう忘れてしまいましたが(家計簿をつけていたらきっと懐かしく読み返せるのにと残念ですが)、ローンを支払うとお給料は本当に少なく、節約をしてもしんどい生活だったはずです。

私は仕事をすることにしました。2人の子供は幼稚園に通っていたので、その間にできる仕事。でも幼稚園は送り迎えの当番があります。こうなってくるとなかなか無さそうですが、本当にしたいと思えばあるものです。家を買った業者さんが近所に本社ビルを建て、そこの掃除をしてくれるなら月に5万円出しますと話がありました。掃除と言うことに抵抗がなかったかと言えばやはりありました。でも、好きな時間に行って2時間ほど掃除をして5万円いただける。その時の私にとってとてもありがたいお話でした。この5万円と言う金額は、私がやめた後から今も25年間変わってないとの事です。

掃除のおばさんを2年間。その後、家の前の工務店で2年間。平井工務店といいますが大工さんで、このず~っと後家の増築・リホームをお世話になった大工さんです。

その次は道でばったり出会った、昔勤めていた信用金庫の先輩に紹介された旅館の経理事務。毎月の試算表を作るまでの仕事で出勤は自由でした。そのうち労務関係の仕事をしていた方がやめられたので、その仕事もするようになりました。しかし7年ほど勤めましたが、思わずけんかをしてしまい辞めてしまいました。

その後すぐ、最初に掃除に行っていた所で知り合っていた方が1級建築士事務所を始められ行くことになり、こんな楽しい仕事があるのかと夢中で仕事をしました。確認申請業務や測量にも出ました。最後の年には(所長が交通事故で亡くなられた為、事務所が閉められたのです)パートのおばさんなのに、驚くほど頂いていました。おかげで、失業保険を毎月18万円も頂くことが出来、息子の仕送りの心配もせずに済みました。娘もこの時の縁で、某住宅メーカーに就職できました。

この間、お父さんの年収も毎年のように100万円ずつ上がる景気のいい時代で、生活もずいぶん楽になっていきましたが、仕事をやめようとは思いませんでした。節約するより、欲しいものを我慢せずに生きるほうを選んだのです。子供の小さかった時は掃除のおばさん、子供にお金がかかる時は設計事務所。その時その時の生活にあった仕事に恵まれたと思います。

そして10年後の今、仕事は月3回ほどです。3月になればもう少し増えるかもしれません。
でも今思うことは、収入は必要なように入ってくる。若いお父さんと結婚した私は、子供たちが巣立った後どんなにか楽な生活が出来ることかと楽しみでした。でも現実は日本経済は一部を除き減速し、お父さんの勤務先のゼネコンも向かい風が吹いています。
あんまり欲なことは思わずに、生活を楽しめたらうれしいかな?

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Rちゃんは うんがいい?

娘のRちゃんは、新年早々には買ったばかりの定期券のとり忘れ、2日前には財布を落としました。

年末に引っ越して、1月から自宅通勤とゆうことで買ったばかりの3ヶ月定期だから10万円ちょっとの額面でした。お財布のほうは現金はいくらも入ってませんが、カード類が気になりますし、お財布自体を新しく買うのも大変です。

それなのにその2回とも、本人が無くしたと気付く前に拾ってくださった方から連絡を受けたのです。去年の9月にも大事を無事に助けていただいています。いずれも連絡の電話を受けたのは私で、Rちゃんに伝えながら娘が優しいなにかに守られていることを感謝しました。

昨日の小雪交じりの寒さにとって変わり、今日はおひさんが暖かく差し込んできます。朝一番に干したお布団もぽかぽかです。ぽかぽかな気持ちで娘を助けてくださった方々に “ありがとうございます”

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私は 年をとったのかな?

狭い歩道を歩いている時、向こうから乳母車(ベビー・バギー)のお母さんが来るのに出会ったら、そっと道を空けますよね。自転車に乗った人が来るのに出会っても、『自転車はこんな狭い歩道を走らずに、車道を走れば・・・』と思いつつも、横によって通り過ぎるのを待ちます。

でも、バギーを押した若いお母さんも、自転車に乗った若者もそうされるのが当然のように、私の前を通り過ぎていきます。道を空けた人など眼中に無かったかのように。

お礼を言って欲しくて道を空けたわけではなく、ほとんど習性でそうしてしまうだけだけど、最近こういった事が続きます。スーパーとかでも、かごを取るときとかレジに並ぶ時ふと感じます。

笑顔と一緒に“ありがとう”が聞ければ最高だけど、せめてすれ違う時会釈が出来ないものかと思うのですが。

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写真はむずかしい 2

CIMG0719  おにいさんへ

お兄さんもやっぱり小豆に見えましたか・・・。メールで指導いただいたようにやってみました。
いい感じになりました。

CIMG0723 黒豆を入れた小皿は6枚あります。

昨日のも今日のも
chiyomi 作です。

これもまたいろいろ試しましたが・・・

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写真はむずかしい

CIMG0691 黒豆を炊きました。今年2度目です。
今度こそ、写真をとって投稿しようとしましたが、これでは黒豆でなく小豆の炊いたのみたいです。
大きなお皿にたくさん入れすぎたのですね。がっかりです。

CIMG0688 今度は、丼ぐらいの器に変えました。
chiyomi さんはこんなもんでしょう。

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義理チョコ?

CIMG0654 バレンタインデー間際になると、いかに義理チョコといえどもちょうどいいなと思うのは売切れてしまうので、今日買ってきました。

お父さんと、息子のKちゃん。写真左側の白いパッケージ。
KOBE MOROZOFF
義理チョコにぴったりです。

右側のは、Rちゃんが “おかあさんに” とくれた
カファレル北野本店のジャンドゥーヤチョコレート。それからクッキーです。
義理でも、おかあさんはうれしいな!

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300円で買えたしあわせ

CIMG0650 今日もイチゴが食べたくて二郎まで出かけたけど、今朝は雪が降ってたので出かけるのがお昼になって、もうどのお店も店じまい。がっかりして帰る途中でたちよったスーパーで売ってたのが、一束100円のにおい水仙。

帰りの車の中は、水仙のいい香でいっぱいになりました。

水仙を入れた花器は、chiyomi さん作で蔓を通すあなを開けたけどまだ蔓を取りにいけていません。

今日の果物はスーパーで買った伊予柑になりました。

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二郎いちご

CIMG0630 この時季、神戸市北区二郎の有馬街道沿いに二郎イチゴの売店が並びます。「どこのみせのがおいしい?」って聞かれたら、「私は、4番の西さんのが好き」と答えます。

この前行った時にはあいていなくて、他の店で求めました。今日はあいていて、「よかった!」 と言うと、「今年はまだ3日目」と返事がありました。

イチゴの赤い色を見ているだけで、元気が出ます。お使い物にするには一番大きいのが見映えがいいけど、家で食べるぶんには、これ位かこれより小さくても充分です。
横の小さなパックはおまけ。後3個は入ってたけど・・・

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おまきずし

今、娘のRちゃんから『晩ご飯食べてきてい~い?』と電話があり、『いいけど、お巻き寿司一本だけ食べられるスペース空けといてな・・・』と答えながら、数年前のお正月のことを思い出しました。

おせち料理はあるけど、お巻き寿司もあれば喜んでくれるかな? そうや、お母さん二人ともお巻き寿司が好きやった。お母さんのぶんも作ろう。
お正月でのんびりしたい気持ちを、みんなが喜んでくれるのがうれしい気持ちに置き換えて、朝早くから15本のお巻き寿司を作りにかかりました。 chiyomi さんのお巻き寿司は、三つ葉とシイタケを甘辛く煮たのがいっぱいは入ります。もちろん卵やかんぴょうや高野豆腐、かまぼこもは入るけど、三つ葉とシイタケにこだわります。
まず最初に出来上がった6本のお巻き寿司を、3本づつに包み『お母さんは、明日行くと言っといて』と実家に年始に出かける子供達に持たせました。

夜になり帰って来た子供達とお父さんに、『さあ食べよう』とおせちとお巻き寿司の山を並べました。みんなが食べ始めたその時、Rちゃんがボソッと『私・・お巻き寿司より、おにぎりが好きやった・・・・』 
運動会も遠足も、みんなでどこかに出かける時も、おひな祭りも、母がそうしてくれたように私はお巻き寿司を作ってきました。私の中では、おにぎりは家でチョコチョコっと食べるもの。お巻き寿司は晴れの日のものと思い込んでいたのです。
Rちゃんは、『おにぎりがよかった』 とこのときやっと言えたのです。私は本当に気がつきませんでした。

今日は節分で、お店にはお巻き寿司がいっぱい並んでいます。数年前までは自分で巻いていた私ですが、この頃は買ってすましています。Rちゃんには細いネギトロまきを買っています。

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戻ってきた添付ファイル

大根とにんじん、赤いのは何かわかりますか?CIMG0620

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単騎・千里を走る

健さんとチャン・イーモウ監督に会いたくて、今日は『単騎・千里を走る』 映画の日とレディースデーが重なり今日の入場料は1000円。切符売り場は行列ができています。でも『単騎・千里を走る』の上映ホールは空席が目立ちました。あの方たちはどんな映画を選ばれたのでしょう?

久しぶりにスクリーンで見た高倉健さんは年をとられたと、小さな失望が襲いました。以前、『時雨のとき』で吉永小百合さんを見て感じたのと同じものです。以来私は映画で小百合さんは見ないことに決めました。

でも健さんは頑張ってくれました。子役のヤン・ヤン登場で健さんは生き返りました。これはチャン・イーモウ監督の演出だったのでしょうか? 道に迷い健さんの膝で眠るヤンヤン、この時のヤン・ヤンは健さんに全幅の信頼をおいた寝方です。次の朝、父のところに行くのを拒むヤン・ヤンに別れを告げる健さんはヤン・ヤンの目線です。この映画の中で、健さんとヤン・ヤンのかもし出す、いい感じは最高です。子を持つ親だからなおさらでしょう。

映画の見所は健さんと、ヤン・ヤンだと思いましたが、部分部分では、さすがだと思ったのは携帯の入る場所に移動した時の屋根のつながる風景。これはなんともいえずきれいでした。びっくりしたのは、健さんを歓迎して集まった村の人々の食事風景。中国が好きになりました。

息子さんが亡くなった事を知った後、車を降りて赤く染まった山を見上げる健さんは、背中が演技をしています。

たよりない通訳役の役者さんも、仮面劇のお面も、いいあじでした。

チャン・イーモウ監督は裏切りません。

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