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私のしごと

お父さんの仕事が篠山の宅地造成現場に決まった時、その工期が1期2期で4年はかかると言うことで、それなら近くにアパートでも借りようかと思いました。それがいつのまにか家を買うことにまで発展したのです。

家は買えたものの、その時お父さんは29歳。貯金もほとんど無く、もう忘れてしまいましたが(家計簿をつけていたらきっと懐かしく読み返せるのにと残念ですが)、ローンを支払うとお給料は本当に少なく、節約をしてもしんどい生活だったはずです。

私は仕事をすることにしました。2人の子供は幼稚園に通っていたので、その間にできる仕事。でも幼稚園は送り迎えの当番があります。こうなってくるとなかなか無さそうですが、本当にしたいと思えばあるものです。家を買った業者さんが近所に本社ビルを建て、そこの掃除をしてくれるなら月に5万円出しますと話がありました。掃除と言うことに抵抗がなかったかと言えばやはりありました。でも、好きな時間に行って2時間ほど掃除をして5万円いただける。その時の私にとってとてもありがたいお話でした。この5万円と言う金額は、私がやめた後から今も25年間変わってないとの事です。

掃除のおばさんを2年間。その後、家の前の工務店で2年間。平井工務店といいますが大工さんで、このず~っと後家の増築・リホームをお世話になった大工さんです。

その次は道でばったり出会った、昔勤めていた信用金庫の先輩に紹介された旅館の経理事務。毎月の試算表を作るまでの仕事で出勤は自由でした。そのうち労務関係の仕事をしていた方がやめられたので、その仕事もするようになりました。しかし7年ほど勤めましたが、思わずけんかをしてしまい辞めてしまいました。

その後すぐ、最初に掃除に行っていた所で知り合っていた方が1級建築士事務所を始められ行くことになり、こんな楽しい仕事があるのかと夢中で仕事をしました。確認申請業務や測量にも出ました。最後の年には(所長が交通事故で亡くなられた為、事務所が閉められたのです)パートのおばさんなのに、驚くほど頂いていました。おかげで、失業保険を毎月18万円も頂くことが出来、息子の仕送りの心配もせずに済みました。娘もこの時の縁で、某住宅メーカーに就職できました。

この間、お父さんの年収も毎年のように100万円ずつ上がる景気のいい時代で、生活もずいぶん楽になっていきましたが、仕事をやめようとは思いませんでした。節約するより、欲しいものを我慢せずに生きるほうを選んだのです。子供の小さかった時は掃除のおばさん、子供にお金がかかる時は設計事務所。その時その時の生活にあった仕事に恵まれたと思います。

そして10年後の今、仕事は月3回ほどです。3月になればもう少し増えるかもしれません。
でも今思うことは、収入は必要なように入ってくる。若いお父さんと結婚した私は、子供たちが巣立った後どんなにか楽な生活が出来ることかと楽しみでした。でも現実は日本経済は一部を除き減速し、お父さんの勤務先のゼネコンも向かい風が吹いています。
あんまり欲なことは思わずに、生活を楽しめたらうれしいかな?

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コメント

ちよみさん、
ほんとうに素直な性格ですね。それにまじめだから、向こうから仕事の口がやって来る。わたしもちよみさんなら仕事を頼みたくなりますよ。最初、信用金庫にお勤めとのこと。そのときとった杵柄がずっとつづいているようですね。やはり仕事は人がやるものと、あらためて感じさせてもらいました。

投稿: あきの | 2006年2月19日 (日) 13時47分

ちよみさん、人生って面白いですね。でもやっぱり人生は自分で作っていくものですね。出会いもちよみさんの仕事振りと人柄がなければつかめないですよね。
あきのさんのいうとおり。
ちよみさんの作り上げてきた生活の一担をみせていただいて、嬉しかったです。

投稿: oss 102 | 2006年2月19日 (日) 23時23分

あきのさま Ossさま
monokakiグループで、節約は嫌いで、私は働く方を選びますなどと書いてしまい、ブログに書いているうちに長くなってしまいました。読んでいただきありがとうございました。
25年間、こんなふうに生きてきました。

投稿: chiyomi | 2006年2月20日 (月) 21時34分

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