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36年前の春

もう忘れてしまいそうな20才の私の春は、両親や職場の方たちの気持ちを考えると、毎日が重たい空気の中で押しつぶされそうな希望を支えるのにせいいぱいだったと思います。

『大学にいきたい』 おそるおそる母に言った時、母の顔を見ることが出来ませんでした。

弟が生まれてすぐ大工をしていた父は結核を患いました。結核は嫌われる病気だったし、健康保険もなくずいぶん貧しい生活が続いた後、退院した父は織機大工として芦森工業に勤めだしました。片肺を取り残ったもう一方の肺も正常には機能していなかった。家を建てる大工の仕事は無理だけど、会社勤めでの織機大工の職を得て、なんとか人並み?の生活が出来るようになっていったのが私の小学校時代でした。

高校進学に際しても、大学進学は無理と感じていたのでその数年前に新設された産業高校にしました。就職する時も、都会に出たかったけど母の気持ちに折れて地元で就職しました。

地元の信用金庫に就職し1年半がたった時、まさかこんなどんでん返しが待っているとは母は思わなかったに違いないと思うと、私の気持ちは萎えてしまいそうでした。私の『大学にいきたい』気持ちに気付いていた母が、中学時代からこれまでどんなにか心を尽くしてくれたか私も母の気持ちに気付いていました。

受験日の朝、篠山口一番の汽車に乗って、篠山口から大阪までちょうど2時間かかった時分です。京都駅に着いてからは市電に乗り換え。と言っても下見もしていない私はそれらしき人たちの後をついて衣笠の試験場に着きました。今思えばよく着いたことです。

合格発表は、仕事が終わってから出かけました。半分合格してないことを願って発表を見に行くのは私位かもしれないと思いつつ、夜の校庭で自分の番号を見つけた時はうれしかった。でもこれから始まるさまざまなことを考えると、私の気持ちは重く沈んでいたと思います。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

向学心の強い千代美さん、その強い心が、現在への幸福な道につながっているのですね。 私は引揚げ者で、あやうく中卒になるところでしたが、ようやく高校へ行かせて貰いました。
もう勉強はいいから、早く働いて、親の援助の必要のない生活がしたいと思いました。ドチラの道が正解だったかは一生分からないのです。
続きを期待しています。

投稿: oss102 | 2006年2月25日 (土) 10時59分

Ossさま
コメントが早すぎてびっくりしました。
もうその頃になると向学心が強いのでなく、みんなが行っている“大学生活”を私もしてみたい・・・だったのです。
鈴さんのメールで思い出した、私の20才の春です。

投稿: chiyomi | 2006年2月25日 (土) 11時15分

私もこういう話にはよわいのです。
千代美さんの優しさがこんな大変をくぐって、生まれたのだと分かって、感動……している私です。
うれしいですね。こうして知り合いになれたこと。
そして0ssさんとも知り合いになれたこと。
あらためて感謝です。

投稿: あきの | 2006年2月25日 (土) 13時44分

あきのさま
梅の木の肥料やりは済みましたか?
私のブログで感動してはだめです。立命2部経済学部にはそれはすごい人がいっぱいでした。一昨年は1泊旅行、去年は食事会、いまだに仲良く付き合っています。chiyomi さんはその当時から紅一点でモテモテです?

投稿: chiyomi | 2006年2月25日 (土) 20時52分

頑張り屋でモテモテのchiyomiさま
我が家の夫も、高校卒業後、社会に出てから、横浜国大の二部に。
ちょっぴり似ていますね。
違うところは、夫はモテモテではなかったこと?!
いつか本当にお会いできたら・・・
うれしいです。

投稿: る~ば~ば | 2006年2月26日 (日) 17時30分

いっしょですね。
る~ば~ばさんに愛されたご主人も、やはりモテモテです。
でも一番は、ご主人と四人の息子さんに恵まれた、る~ば~ばさんです。
メールを読みながらいつも想像しています。
いつかる~ば~ばさまや、monokaki のみなさまにお会いできるのを楽しみに自分みがきにはげみます。


投稿: chiyomi | 2006年2月26日 (日) 22時38分

Chiyomiさん
 はじめてコメントに行きつきました。
 Chiyomiさんはほんとにがんばりやさんなんですね。そして家族思いで、やさしい。
 いろいろご苦労もされて、でも明るい。
 どんな仕事もこなすバイタリティー。
 すごいです。   鈴

投稿: 鈴 | 2006年2月26日 (日) 23時04分

鈴さま
鈴さんのメールを読んでいて、私にも気持ちの重たくなるような春があったことを聞いてほしくなり、長くなりそうなのでブログに書きました。決して苦労の自慢話をするつもりでなく、自分のしたいことが出来ることは本当にうれしかったのです。
つらかったのは、両親が私の幼かった頃貧しくて何もしてやれなかった(私は小さくて何も覚えてないのに)のを埋め合わすように大事に育ててくれたこと。そして母は、母が思う尺度の範囲の中で(苦労はさせたくない)私の幸せを望んでいたことでした。
ふと気がつくと、自分も同じ事を子供たちに望んでいます。
反省しても、形成されてしまった基本的な性格はなかなか直せないのに戸惑います。
あつかましくも、読んでくださいなどとすみません。

投稿: chiyomi | 2006年2月27日 (月) 08時26分

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