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5月31日 はれ

Cimg11956時半  「お母さん 起きてや」
サッカーの対ドイツ戦を見るため、4時起きした息子が起こしに来ました。目覚まし時計よりちょっと早い。朝ごはんとお弁当の用意のため起きだします。

息子がサッカーを見るため起きる少し前まで chiyomi さんはイチゴのジャムを煮たり、数日前から買ってあったダ・ヴィンチ・コードを読み始めたりで起きていました。

このところの平均睡眠時間は4時間ぐらい。大好きなうたた寝タイムも寄せてくる雑用?をなんとかこなすため取れない日々が続いていました。一日自分だけのための日が欲しいと思いながらなんとか日々の仕事をこなします。24時間のほかに私だけ後2時間余分にあればと思ったりしながら。

そんな中、水・木・金曜日と小さな予定はあるけど自由な時間が持てそうです。そう思ったら昨夜はもっと早く寝られたのに、なんかもったいなくて摘んできていたイチゴでジャムを作り出しました。写真は昨日の“山蕗のたいたん”と昨夜の“イチゴジャム”です。我家は朝ご飯党なのでジャムはちょっとさらさらの、ヨーグルトや牛乳用です。さっき牛乳に混ぜてイチゴミルクでのんだら、“berry good”なかなかいい感じです。

今日はのんびりするはずなのに、お布団も干しました。シーツも洗って洗濯機の中で「早く糊付けして干して~」と待っています。掃除もしたくなっています。

どこまでも用事を作りたい chiyomi さんです。

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山蕗のたいたん

私が小さかった頃、母は近所の友達とお弁当を持って山蕗を採りに行きました。大きな袋いっぱいにもって帰った山蕗は大きな鍋で炊きました。その頃はガスコンロはなく、おくどさんでした。醤油のかおりがいっぱいでした。
炊きあがった山蕗は嵩びくくなってまっくろでした。豊かでなかった時代の保存食でした。子供の私はただ辛いだけの山蕗のたいたんは好きでなかったと思います。

結婚して間なしに主人の母が山蕗のたいたんをパックに入れてくれました。その時山蕗のたいたんはこんなにおいしかったんやと気がつきました。
子供の頃好きでなかった食べ物が大人になって好きになる。私にとってその一つが、山蕗のたいたんです。

自分で炊きだして15年ぐらいになります。5月の中ごろになると店先に山蕗がほんの短い時期出ます。宝塚の西谷に、農家の方が売りに出されるのを頼んでおいて買いに行った時もありました。堅かったり、えぐかったり毎年のように悩みながらの山蕗の佃煮作りの繰り返しです。お母さんたちのようにはなかなかうまく出来ません。それに喜んでくれるのはお父さんだけで、子供たちにはもうひとつのようです。ふんわりとやわらかく、でも歯ざわりは残し、えぐすぎずでも山蕗の味は残し・・・今年はうまくたけるでしょうか。駅前の市野商店に出ていた篠山・後川産の山蕗を買ってきました。

真夜中の1時過ぎ chiyomi さんの台所は山蕗を炊く醤油のにおいでいっぱいです。

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もう一花咲かせましょう

Cimg1173 花の苗の植え替えを予定していたのに雨が降ってきました。苗を買ってくるのは明日にして今日は花盛りの過ぎてしまったパンジーのプランターを空けることにしました。
去年はもう少し早くに植え替えが出来たのでパンジーもきれいなところがいっぱいでしたが、今年は遅れてしまいほとんどつぼみもありません。

“きれいに咲いてくれてありがとう” と言いながらパンジーを刈取ります。そのまま捨てるのはかわいそうで、きれいなところを集めて花器に入れます。こうすればまた違った感覚でパンジーが楽しめます。

土曜、日曜、月曜日は忙しくなりそうなので今日2度目の更新です。

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久しぶりのおでかけは・・・・

Cimg1164 映画「間宮兄弟」を見に神戸に出かけました。シネリーブル神戸です。久しぶりの映画で、主演はこの頃好感度急上昇の佐々木蔵之助さんなのに睡魔が次々襲ってくる。まあいいか・・・・眠ってしまおう。

今朝起きた時から今日は映画を見るのがもったいないような久しぶりの青空で、急遽ハーブ園にも行ってみたい旨友達に電話を入れてたので映画館の近くで食事した(生田神社の赤い鳥居の横の洋菓子屋さんのレストランで、友達と2人とも今まで食べたことのない名前も覚えられない?ランチに挑戦しました)後、布引ハーブ園に向かいました。

神戸の街は山側に登っていくと、どんどん緑が増してきます。新緑がきれいです。異人館を素通りし、運良くロープウェー乗り場にたどりつきました。
午後になり少しかすんできていますがロープウェーからも、布引ハーブ園からもとってもきれいな眺望に恵まれました。写真はロープウェーから見た神戸の街です。
手前の大きな建物が新神戸オリエンタルホテルでそのすぐ左手に新幹線の新神戸駅があります。大きなビルが見える方向が三宮、神戸の中心地です。赤い橋の向こうが人工島のポートピアランド。ちょっと見づらいですが、その向こうに開港したばかりの神戸空港がみえます。写真では解かりませんが紀伊半島まで見えるのですよ。

ハーブ園ではいろいろなハーブの名前を覚え、さわやかな風を感じ、地下鉄新神戸駅で三宮まで戻り阪急で宝塚まで帰る友達と別れ帰路に着きました。

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いちご

日曜、月曜と2日続きでいい天気だったから chiyomi さんの畑のイチゴも色づいていているはずと気になっていましたが、昨日は雨降りで諦め今日行く事にしました。でも今日は今日の予定が入っていて、まず歯医者さん。その後友達と久しぶりのお昼ご飯。そんなこんなで着いたのが3時になっていました。

Cimg1148 先日取り付けたカラスのつまみ食いよけのネットはいい感じです。それをぱっと取りはずすとけっこう赤くなっています。でもかごを用意して摘みだすと、今年は雨が多いのでいっぱい腐っていて・・・残念!!
それに、熟しすぎているのはまる虫の餌になってしまっています。無農薬です。

Cimg1153Cimg1149 腐っているのが多いので、摘んではほかし摘んではほかしの繰り返し。なんとかかご一杯にはなりました。摘みながらイチゴ農家の方の苦労が解かった気がしました。
イチゴ本来の味がするといえば聞こえはいいですが、太陽の恵みを十分に受けられない今年のイチゴはちょっとすっぱさの勝ったイチゴです。

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おべんとう事情

去年暮れに自宅通勤になってから、娘のRちゃんは “お弁当を持っていく” と言って小さなお弁当箱を買ってきた。もちろん chiyomi さんの手作りですが・・・。それを見た単身赴任中のお父さんは “自分も作って欲しい” と言いだし月曜だけお弁当を持っていくようになりました。

そして二人目の子供が出来、今我家から通勤している息子のK君は当然のように “お弁当もお願いします” という事で月曜の朝は三つ、他の日は出勤日にあわせてK君は土曜日まで、Rちゃんは水木曜日以外。ということで chiyomi さんのお弁当作りは休日がなくなってしまいました。こんな事になるとは思っても見ませんでした。

息子のK君は朝ごはんを2膳、昼は大きなお弁当を持参、夜はビールを飲んだ後でもきちんとご飯を2膳食べます。炊飯器は5合炊なので、朝晩2度ご飯を炊くことになりました。
ひとり暮らしの頃は思い出した時に炊くような感じだったのが、Rちゃんのお弁当のため毎朝少しだけ炊く生活になり、今は朝4合炊き夜また3合炊くという生活になりました。ライサーのお米が見る見るなくなっていきます。荒神さんにご飯をお供えしながら “荒神さん、このごろびっくりしてはるとおもうわ・・・” “こない度々供えてもろたら太る、ゆうてはるんちがうやろか” 娘と二人ばちあたりなことを言い合っています。これまでたまにしかお供えしなかったのに、急に朝晩お供えされ、荒神さんも苦笑されていることでしょう。

Cimg1143_1 毎週土曜日の日にお泊りに来るYちゃんのための可愛いお箸です。Rちゃんがかってくれました。

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日常が戻りました

お嫁さんのAちゃんとみずきちゃんは12日に無事退院し、Aちゃんの実家にお世話になりました。Yちゃんも日曜日にお父さんに連れられ行きました。

この1週間余り、朝はだいたい息子を起こす時一緒に起きてきて、息子や娘のRちゃんが仕事に出かける時は必ず一緒に外に出たがるYちゃんに付き合うため段取りをつけて家事をこなしていったのですが、ハプニングは必ず起こり髪振り乱しての孫守でした。とにかく外に出たくてたまりません。雨の日でも外に出て、雨だれがしているのを手で受けて遊びます。雨がやんだ後、隣の牛乳センターの牛乳瓶にたまった雨水を他の瓶に移し変えるのを際限なく繰り返していきます。牛乳センターなので瓶はいっぱいあるのです。家の中でも椅子を使えば水道の栓を開けられるようになりました。このあいだまでのお気に入りの冷蔵庫は色あせてしまったようです。自分のやりたいことは際限なく、それを止めようとすれば体全体で拒否を表し泣き叫ぶ。夜寝る時はchiyomi さんの手をひき2階に上がり、私はいつもYちゃんを寝さすつもりがそのまま眠ってしまい気がつけば朝になってしまう、自由時間はYちゃんの突然始まるお昼寝タイムだけでした。
それでもYちゃんの満面の笑顔に救われ、抱きついてくるYちゃんが愛しくてたまりませんでした。短いあいだでしたが今回のYちゃんとの暮らしは、一つしか違わない息子と娘を余裕もなく子育てした chiyomi さんへの贈り物だった気がします。けがもなく無事にお母さんのもとに届けられたことに感謝しています。

孫守の終わった chiyomi さんに日常生活が戻り、昨日は仕事、今日は実家の母の定期検診とようやく赤くなりかけたイチゴに藁を敷いてやりカラスのつまみ食いを防ぐためのネットを張りました。本当は遅れてしまった夏野菜の苗の植付けもしたかったけど、そこまでの元気はなかったです。

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生まれそうです

朝一番に午前中に生まれそうですと電話があり、さっきまたすぐきてくださいと病院からの電話で息子とYちゃんは病院に行きました。

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taichi さんのメール

Ex_050 歯医者さんから戻ると “お久しぶりです”と taichi さんからメールが届いていました。

taichi さんに知り合ったのは10年程前で、その時はもう電機メーカーを退職されていたので今は70歳をずっと越えておられると思うけど、シルバーでアルバイトをしたり、外出介護ボランティアに積極的な活動されたり、ヒップ・ホップに夢中で、デューク・更家さんそっくりな人なのです。

“先週、霊仙に登った時に撮った写真です”と、添付ファイルが付いていました。稜線上の残雪の中に咲いた福寿草の写真です。

霊仙は鈴鹿山脈の一番の北に位置する1000Mほどの山です。名神高速や東海道本線、それに新幹線をはさんで伊吹山と向かい合っています。滋賀県にあり、近畿地方では一番の積雪量になる地域で、真冬には新幹線はこのあたりで徐行運転になる事がよくあります。米原の近くです。

京都にいた頃、友達に誘われ始めて登ったのがこの霊仙でした。ただしんどいだけの山行きでしたが、なぜか忘れられず日曜のたびに山に行く生活になりました。もう35年も前のことです。なつかしくてブログに書いてしまいました。

taichi さんのメールには、今日積丹半島ハイキングに出発しますとなっていました。

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やっと新米が食べられる

我家は新米が取れる頃、次の年どのぐらいお米がいるか考えて30K入りの袋でいくつと言うように購入しています。去年の9月時、どんな計算違いだったか一昨年のお米がまだ6袋実家の冷蔵庫の中に残っていました。

1ヶ月に息子家族と我家で一袋(30k)食べるので、3月頃までは古米を食べることになります。でもせっかく新米が出来たのだからと、一袋だけは新米を食べたので結局4月いっぱいまで古米を食べることになったのでした。

5月になってそろそろ今年の田植えが始まろうかと言う時に、やっと新米が食べられると喜ぶのもなんだかな~とは思うのですが、炊き上がったときの匂いが違います。ひかりかたが違います。味がちがいます。chiyomi さんは幸せです。

さてお米に付いてですが、同じコシヒカリでも産地によって味が違うのは今では常識ですが、魚沼産とかの話はちょっと置いておいても、たった篠山の小さな地域の中でもお父さんの生まれた板井と、私の生まれた川北でも違うのです。川北は板井に比べて一反当りの収穫量が多い代わりに、味では負けてしまっています。お米は、収穫量の少ない所の方がおいしいらしいのです。うまくできています。

主人の実家も、私の実家も両親が元気に農業をやっていた頃、お米は交代でもらってくるものでした。今息子家族は当然のように半分もって帰ります。私がこそこそっとお父さんに愚痴を言うと 「お母さんももろてきたったやろ。そのぐらいしてやり」 と返って来ます。ハァ~・・・ Rちゃんにはどうするんやろ。なるべくゆっくり結婚してね。

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