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マーチの車検

Cimg1644 旅行に行っている間にマーチの車検を受けました。13年目の車検です。走行距離は116400km。

車の免許を取ってすぐ、当時隣に住んでいたMさん(車の部品屋さんでした)が兵庫日産で新古車(ディーラーが販売台数を確保する為にとりあえず登録をした車)のマーチを見つけてきてくださって、この車でよかったら全部入れて98万円です・・・ということで初心者マークを前後につけておそるおそる走って以来12年間一緒でした。“マッチのマーチ”がちょうどモデルチェンジし、新型マーチが走りだした年でした。

お父さんの乗っていたローレルは“ローリー” chiyomiさんのマーチは“マチコ” 娘のRちゃんがつけてくれた愛称です。

走行距離でもわかりますが、マーチの“マチコ”は本当に働き者です。遠出をしたのはRちゃんと京都に行ったのと、息子の引越し(これも京都)と、Rちゃんの引越し(神戸)ぐらいですが、最初の数年は仕事に使っていました。設計事務所に勤めていましたので、県下の役所に建築確認申請を出すのに使っていました。もちろんナビなどあるはずもなく、道路地図帳を見ながら行ってました。西宮、西脇、社、三木、氷上、篠山、京都の園部・・・わァ~なつかしくなってきました。楽しかった・・・・。実家の母が骨折したり、白内障の手術をしたときもマーチがいてくれてよかった・・・。大型ゴミをだすときもマーチは助けてくれました。

数年前マーチはモデルチェンジし、“マチコ”は旧型マーチになりました。お父さんの車はその間に2回新車になりました。Rちゃんも自宅通勤を始めて新車を買いました。

兵庫日産に点検や車検にだすたび以前は新車を勧められましたが、いつも「私はこの車が乗れなくなったら車を持たないことに決めているので、大事に乗りたいのでちゃんと点検お願いします」と言い続けたため、もう何も言われません。
20年20万キロを目指しています。

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北海道に行ってきました

Cimg1593 一昨年一泊旅行から帰ってくるなり、実家の母が事故で骨折し入院したことを知り家に帰らずそのまま病院に直行した経験がある私は、それ以来泊りがけで出かけることに臆病になっていました。だから今回の旅も出かける前は無事帰ってこられるかドキドキ気持ちが重かったのです。でも、携帯電話がなることもなく無事帰宅でき今ほっとしています。

3泊4日の短い旅でしたが、自分で計画し手配した全くの一人旅でした。

そして出発した北海道での4日間は、移動手段がJRとバスのため待ち時間が普段の生活からは考えられないほど多く非効率的な旅でしたが、恵まれたお天気のおかげでこんなに幸せでいいのだろうかと思い続けた毎日でした。

JRもバスも、いつも窓際の席にかじりついて北海道を楽しみました。ひろ~いジャガイモ畑もビートの畑も小麦の畑も。牧草地も。白樺の林も、赤エゾマツの林も。真っ青な空を映してキラキラ輝くオホーツク海も。釧路湿原も。

夜8時から参加した、ガイドさん付の知床大自然号ではキタキツネやりっぱな角を生やしたエゾシカや出産間近なエゾシカに会えましたし、満天の星を見て天の川は雲のように見えるのだと知りました。

遊覧船からもバスでも知床を見て廻りました。今回知床5湖は2湖まで、カムイワッカ湯の滝は1の滝までの規制がされていましたので、そこまでしか歩けませんでしたが、知床峠からは正面に迫る羅臼岳、思いがけず国後島が見えるというおまけ付でした。

釧路で泊まった4日目は定期観光バスのお世話になったので、快晴の摩周湖、屈斜路湖、オンネトーまで足を伸ばすことが出来ました。そして最後の最後の釧路空港では霧が空港を包んでいたのでした。

今回の旅行にはデジカメの充電器まで持参しましたが chiyomi さんの腕では受けた感動にどうしても追いつきません。だから一枚だけ載せることにしました。シャトルバスの外にキタキツネがいるという声であわててシャッターを押したのですが、あわてていたので真ん中の枯れた木がキタキツネと勘違いしていました。でも端っこにちゃんといてくれました。思わず笑ってしまいましたが、今回の一番です。

最後になりましたが、うに・いくら丼、1時間並んで食べてきました。ウトロでこの一休屋さんだけ行列が出来ていました。観光協会お薦めでした。ガイドブックにも乗っているらしいです。同じ日の夜泊まった民宿の“知床莊”(ここも観光協会の紹介です)でも、うにとタラバガニがついてきました。この民宿は絶対お勧めです。ちょっと歩かねばなりませんが、“夕陽の湯”という温泉にも行くことが出来ます。
あと2泊はホテルだったので近くの炉端焼きに行き、キンキ(これは食べた後、スープにして食べさせてくれました)、ホッケ、かき、ジャガイモ、アスパラ・・・そして生ビール。一人旅は気楽で、自分の思うように行動できますが、食事だけは一人は寂しいです。

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はじめての とまと

Cimg1449 植付けが遅かったのと、お天気が悪いのとで chiyomi さんの畑のトマトは今日がはじめての収穫です。前列のピーマンみたいに写っているのは、万願寺唐辛子です。京都府舞鶴市付近が本場の唐辛子で、このままトースターで軽く焼いてまるかじりします。皮が厚いのにやわらかくて“野菜の栄養ぜ~んぶ頂きます” 苗2本だけなのにたくさん収穫できました。居酒屋さんで人気の唐辛子です。

来週は旅行で来られないので少し小さいけどキャベツも持って帰りました。一時あお虫の大発生でキャベツの葉がレース状になっていましたが、なんとかここまで育ちました。最初あお虫を“ブチッ”っとつぶすのに抵抗がありましたが、慣れるものですね。

この前来たとき、とまとの苗が一本枯れかけていましたが、今日二本あやしくなっていました。七本しか植えてないのに三本だめになると・・・雨が降り続き病気かもしれません。去年五本しか植えてないのに、とれ過ぎてとれ過ぎて・・・そんなこと言っていたから罰があたったのでしょうか。だから今日のトマトは貴重なトマトです。

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ノンタン 30周年!

Cimg1447 “孫のYちゃんは絵本が好きだ!” って書きたいけれど絵本を読んでも2ページほどで他に興味が移ってしまう。はっきり言って本は嫌いらしい。だから chiyomi さんの出番はない。

先日旅行のガイドブックを買いに本屋さんに行ったとき、児童書のコーナーで “ノンタン” を見つけたので懐かしく買ってきました。帯に “ノンタン 30周年!”と書かれていました。

31、32才になる子供たちが小さかった頃、ノンタン・シリーズが本屋さんに並んでいて、絵の可愛らしさ、展開のおもしろさにひかれ何冊か買い求めました。ミッフィ-もありましたが、我家はノンタンでした。単身赴任とかでお父さんは居なかったので、夜寝る前とかは必ず3人で体を寄せ合って読んだものです。何べんも読んでいると、子供たちももう空で言える様になっていましたが、やっぱり読んでとせがみ、読み進むと同じところで笑い、同じところで一緒になって声を合わせていました。ノンタンのリズム感はなんともいえぬ心地よさでした。

”ノンタン”は、子供たちが幼かった頃初めて発売されたのだと今回知りました。作者の清野幸子さんは、1947年生まれだということも。

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お兄さんのコメント

昨日の“こうもり”のブログに、お兄さん(お父さんのお兄さんです)からコメントが届きました。お兄さんからはメールでコメントが届きます。chiyomiさんのブログよりず~っとおもしろいので一度読んでみてください。

**お兄さんのメール**

件名:  所変われば

所変われば何とか言いますなー

今日のブログのコウモリ「怖いー」なんて、言うておれんところもある。

東南アジアでは高級食材で、姿料理で出てくるところもある。ハト肉なんかでインチキして、高い金を取る悪徳料理対策かも。一匹つかまえたら、2,3ドルで売れて、一家の1日分を超える収入となるなんてことも聞いたことがある。日本のよりもちょっと大きい。
むこうでなら、今朝は、皆起こして「ゴチソウやでー、美味しそう!!」言うて、追い回さんならんとこや。

薬膳の材料(生薬やハトムギ、マツノミなど)が揃ってきたので、このところニワトリのスープ取りから始めて、薬膳料理に没頭しております。いろんなレシピを調べ一番美味しそう・効きそうなのに挑戦します。したがって、コウモリも惜しかったー(冗談)。

中国の皇帝が不老長寿の処方を求めた。その中で、蚊の目玉の佃煮、スープが最も有望であった。どうやって、蚊の目玉をドンブリバチに入れるほど集めるか。今まで冗談でしか出来ない料理と思っていましたが、現実に作れることを知りました。コウモリのお陰です。

コウモリの棲む洞窟に入って、糞を集める(新鮮でないといけません)。糞を裏ごしする。コウモリ(蚊を食べる。したがって、蚊が多いところに棲む、虫食のもの)が食べた蚊は消化されるが、目玉は未消化で排出されているので、集めることが出来るのです。すごいすごい。知恵者がいたものです。
古い糞は園芸店でバッド・グアノという、燐分のおおい肥料として売られていますよ。

ちなみに、蚊の目玉のスープは一人前20万円はするそうです。
タイで、ある財閥の親分(華僑)が大臣クラスを招いて催した晩餐会、僕達も工場建設の予備調査中、兎に角、ヨイショヨイショの宴会で、こんな料理は始めにして終わりでしたが、蚊の目玉は出なかった。出たのは、キャビア、北京ダック、子豚の丸焼き、アワビ、ナマコ、フカヒレ、ツバメノスETC,材料名ではなんと言うこともないが、超一級品。一月以上前から予約して準備にかかるんだそうです。
そらそうやろう、俵ものの料理は、水戻し始めてから、食べるまでに、7-10日掛けるんだそうです。
試食もしておかねば、ならんかもしれんし。

子牛、ヒツジ、山羊、ウサギ、ニワトリ、鯉 ETC 見た時、「わー可愛い-」バッカリじゃ、正常な文化でない。何人かは、「おいしそう-!!」と思うことも大事なんです。

梅雨の末期か、今日は朝からよく降っています。
夏の甲子園が楽しみのシーズンですねー。
来週は知床行きやったな。ウニ・イクラ、ギョウサン食べといで。そやけど、熊には気ィつけてや。ガソリンや香水の匂いが好きなんやそうやで。ゴチソウ様言われんようにして、楽しんで来たらよいわ。

chiyomi さんはお兄さんに “ブログを始めて” っと、いつも勧めています。

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ワァ~! こうもりや!!

今朝5時 chiyomiさんは台所に入りました。(お父さんが帰ってきていて仕事に行く日だけは早起きです) 半開きのドアを開けてはいる時何か黒いものが一緒に通り過ぎたような気がしました。

あれ!何かなっと思うまもなく、黒い物体は旋回を始めました。最初は鳥かと思いました。鳥とは様子が違います。次は黒いアゲハチョウかと思いました。蝶にしては重量感がありすぎです。壁にぶつかる度 “ドンッ” と音を立てます。寝起きの頭はまだ正常に機能していませんでした。

なんとか正常に機能するようになったのは黒い物体が吊り戸棚に止まったときでした。
“ワァ~! こうもりや!!” 一瞬凍りつきました。声をだすのも怖かったのです。

また、旋回を始めました。怖くてたまりません。でもなんとか外に出さなくっては・・・
居間のほうでも旋回を始めました。居間の掃き出しのサッシはほとんど天井まであります。そこからなら出てくれるかもしれません。あわててサッシを開けました。でもまた台所に戻ってきます。あ~ァ。

こうもりが外に飛び出るまでの間の長かったこと! 怖かったこと!
夢だったような気もします。

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京都も暑い・祇園祭宵々々山

Cimg1377_1 去年小袖展を見に出かけた日が祇園祭の宵々宮で、思いがけず“南観音山鉾”に乗せてもらえて嬉しかったことに味をしめた chiyomi さん達は、その時いただいた粽(ちまき)を納めるのをかねて今年は藤田嗣治展とセットで京都に出かけました。

土曜日からは3連休、祇園祭も本番を迎えるので出来るだけ避けたいと昨日を選んだのですが、平安神宮前の京都国立近代美術館で開催中の藤田嗣治展は大変な人出でした。誰も思うことは同じだったようです。NHKの、スポット広告が効いているのでしょうか。混んでいる中、2枚並んだ“カフェにて”だけはじゅうぶんみてきました。

Cimg1379_1 美術館から粽を納める祇園さんまでは歩くことにしました。以前平安神宮の枝垂桜を見て丸山公園までタクシーを頼んだ時「歩きなさい」と乗車拒否をされたことがあるのです。昨日はその時と同じ友達です。お花見のとき昼食を食べたお店で食事をすることにしましたが、その時の店は閉鎖されていました。
喫茶店の定食でお昼を済まし、祇園さんにおまいりした後四条烏丸を目指します。途中の店先の麩せんべいの絵柄があまりにも可愛らしかったので2枚だけ買って写真を写させてもらいました。四条大橋から見る賀茂川と北山の風景はいつ見ても変わりません。chiyomi さんの好きな京都です。

Cimg1380Cimg1413Cimg1414Cimg1387_1Cimg1383_2Cimg1385_1Cimg1386_1Cimg1398Cimg1402 Cimg1406 Cimg1405 Cimg1408 Cimg1411 Cimg1412 Cimg1403 Cimg1418 Cimg1390 Cimg1394 Cimg1395 Cimg1420

今年の粽は、長刀鉾で求めました。各鉾では、粽や手ぬぐいを買い求めたら上にあがらせてもらえます。だだし長刀鉾だけは、女性は三番目の写真の先には行かせてもらえません。順番がおかしいですが、写真の織物、掛け軸は長刀鉾の女性が行ける所に展示してあったものです。私達は月鉾に手ぬぐいを買ってのせてもらいました。月鉾も人気の鉾です。小学生が記念撮影をしていました。(四番目の写真をクリックしてみてください)テレビ局も撮影に来ていました。最後から3番目は大丸、次は人形店の店先、その次はたち吉の祇園祭の鉾のミニチアです。一番最後は午後6時、四条通は一斉に歩行者通りになります。

京都は昨日34、9度まであがったそうです。途中にわか雨がありましたが、本当に暑い汗だらだらの一日でした。すぐにでも帰ってお風呂に入りたい気分でしたが、6時半この日三つ目の予定が入っていたのでした。

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青梅のその後

11日から13日14時までの予定でココログはメンテナンスが行われました。その数日前からブログを送信するためにとっても時間がかかる状態が続いていて、一つの動作をするたびイライラがつのり、よほど気の長い人か意地っ張りな人でないと更新できないな状態でした。
そのため今回のメンテナンスのため3日間お休みなのはなんか嬉しくて、気分的にゆっくりしました。ブログの更新は誰にせかされているわけでもないし、毎日更新しているわけでもないのですが、今日からお休みですといわれるとまるで「お仕事お休みです」と言っていただいた様な気がしました。これはちょっと問題だなと思っていました。

そのくせ今日帰るとブログ再開しているかなっとパソコンを開けています。スムーズに動いています。そうしたらもう投稿する準備にかかっています。

Cimg1319 南部の樫本さんから頂いた10kの青梅は、1K娘のお友達(青梅を生でかじって食べられるそうです)に、2Kをこの前一緒に宇治に出かけた友達におすそわけし、1Kブランデーに漬け込みしたのが左の手前のビンです。その後ろの2ビンは、1、5Kずつの梅ジュース、右のポリバケツは梅干です。前のビンは梅ジャムが入っています。ちょっといたんでしまった梅で作りました。

Cimg1376 去年の梅をタッパーにあけ、ポリバケツの梅をビンに移し変え赤紫蘇を塩もみして入れました。 chiyomi さんは梅干を作る作業の中で赤紫蘇を塩もみして梅酢のあがった梅の中に入れる瞬間、透明の梅酢がみるみる真っ赤に染まっていくのを見るのが一番好きで、この瞬間のため梅干作りをしているような気がします。
“赤紫蘇マジック”と呼んでみたくなります。
手前のが取り出した去年の梅干です。自画自賛したくなるほどおいしそうです。

梅ジュースは一瓶お嫁さんのAちゃんが持って帰り、ジャムはパンの大好きな友達におすそわけしました。

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えんどうのたいたん

Cimg1370 息子と chiyomi さんはえんどう豆ご飯が大好きなのですが、お父さんとRちゃんは豆ご飯を作ると「なるべくお豆さんの入ってないとこを・・・」と言います。

豆ご飯にしたり、肉じゃがに入れたりしたえんどう豆を乾燥させたものが左の写真です。
この乾燥させたえんどう豆をたいたんは、家族中が大好物なので作ってみました。

Cimg1372 えんどう豆は、他の豆とかと違って水に一晩つけておくとかせずいきなりタンサンを少し入れた水から炊き出します。
えんどう豆の薄皮は食べられませんので取り除くため、剥きやすくなったかどうか炊きながら見てみます。するっと剥けるようになったらざるにあけ、水につけ、こすり合わせながら薄皮をむいていきます。
えんどう豆を炊く中で一番めんどうな作業です。今日はタンサンがすこししかなかって、そのためか薄皮がはがれにくくてたいそうな時間がかかりました。

Cimg1373 薄皮がとれるともう作業は終わったようなものです。とうもろこしみたいに見えるえんどう豆をもう一度鍋に戻し水をひたひたより少し多めに入れ炊きだします。水はえんどうが吸ってしまうのかすぐなくなります。お砂糖は適当、塩少々を入れ炊きあげます。豆の形はほとんどなく、栗きんとん状態になります。味をみて、自分の好みの味で出来上がりです。
えんどうの香ばしい甘さがなんとも言えずおいしい、大好きなえんどうの炊いたんです。

今日はこれを二人のお母さんに配達に行ってきます。えんどうの炊いたんを作るのの手間を知っている二人はきっと喜んでくれるはずです。

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お父さんのこと

私が夫のことを書こうと思ったとき、お父さんと書くと一番落ち着くのでそう書き進めようと思います。私達は中学時代の同級生でした。高校も同じ高校に進学しました。

その時分は二人とも他の人が好きだったので、どんなきっかけで付き合うことになったのか今では思い出せません。些細なことでぐずぐず言う私が嫌いになったのでしょう、彼が一方的に「別れよう」と言っていっさい連絡がこなくなったのは、覚えています。山行きに夢中になり、やっと彼のことを忘れた頃電話をかけてきたのは彼の方でした。

“結婚しよう”らしきことを言ったのは、私だと思います。23才のときです。

24才でお父さんになり、25才でもう二人の子供の父親でした。子供を生んだ女性はすんなり母親になれますが、若い彼はどうだったか・・・聞いていません。
でも仕事で単身赴任があったり、自宅通勤でも工事現場を任されていると休みが少なかったりして疲れていたのか、息子世代のようには育児には積極的にはなってくれませんでした。我家はいつも母子3人での行動がお約束でした。科学万博やディズニーランドに行ったのも、休みのたびの映画も、息子の好きだったお城めぐりも・・・3人でした。母子家庭やな~と言いながら。

子供たちが大きくなると chiyomi さんは一人で行動しました。無理に一緒に行動してもらって気を使うより、一人のほうが気楽でした。一緒に何かをしようとすればお父さんの好きなことをすると出来ますので、ゴルフやパチンコに夢中になった時期がありましたが、どちらもいつのまにか行かなくなりました。そうすると今はもう土日のご飯作りと、持って帰ってきた洗濯物をきれいにするだけのお付き合いです。

こんなふうですが、お父さんは世間では人気者なのです。口は悪いけど、弱いものいじめはしません。chiyom さん以外の人と結婚していたらお父さんはもっと幸せだったのではと思うことがあります。若かった頃3人のプロポーズを断り chiyomi さんはお父さんを好きで結婚しました。今でも好きです。それはたぶんにこっちだけを向いてくれないことから来るものかもしれません。ずっとこっちを向かれてたらすぐに嫌になる性格ですから。

今日電話で、会社の健康診断でイエローカードを貰ったと言っていました。不整脈が出ているらしいです。血液をさらさらにする必要があるらしいです。気になっています。

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永沢寺・花菖蒲園

高校時代の友達と偶然通っている歯医者さんが同じだと知りました。彼女Sさんはわざわざ篠山からバスと電車を乗り継ぎ三田まで来ています。それならばSさんの診察日に合わせて一度一緒に出かけようかと chiyomi さんは計画しました。

Cimg1363_2Cimg1367_2

Sさんの診察が終わるのを待って、三田市母子(もうし)にある永沢寺・花菖蒲園に向かいました。開園期間は6月上旬~7月中旬なので花のようすがちょっと心配でした。天気は曇り時々小雨。ちょうどいい感じです。

花菖蒲園では、やはり花の盛りは済んでいました。残念でしたが、時折吹いてくる山からの冷たい風に心地よさを感じながら残りわずかの花菖蒲を楽しみました。

「菖蒲園、残念やったな・・・」とも言わず、帰りの道中に見たアジサイや茶畑を楽しんでくれたSさんに感謝した一日でした。三田市街地よりずいぶん高地にある母子は、お茶の産地です。

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じゃがいも・マジック

Cimg13614月にジャガイモを植えた時一つの種芋から二つずつでも取れれば充分に元が取れると思っていました。
生まれて初めて植付けた1㌔350円のジャガイモさんは、たった3ヶ月あまりの間にこんなにたくさんのジャガイモさんに変身しました。まるでマジックのようです。玉ねぎもそうでしたが、ジャガイモもただ植えておくだけでその間に chiyomiさんがしたことは、たくさん出過ぎた芽を摘み取ったことと肥料を一度やったことぐらいです。

“じゃがいもさん ありがとう” 大きいのは今計ったら300g以上もあります。そんなのがゴロゴロあったのですよ。

一輪車の右側が、先日植えた黒豆の苗です。今日土寄せ(黒豆の苗の一番下の双葉の所まで土をかぶせる作業です)をしました。

左側には、20本720円で買ったサツマイモの苗が育っています。ジャガイモさんがあまりにも頑張ってくれたので、ついサツマイモにも期待がかかります。

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日曜日

朝激しく降っていた雨がさっとあがり、薄日のさしてきた日曜日のことです。

お互いに孫を見ながら立ち話をしていると、友達の孫のシュウちゃんは手にベビー用“かっぱえびせん”を持っていました。“かっぱえびせん”に気付いた chiyomi さんの孫のYちゃんは、さっとシュウちゃんの持つ袋の中に手をいれ食べたのです。気付いた友達は「Yちゃんにもあげてね」とシュウちゃんに言ってからYちゃんの手に“かっぱえびせん”をわけてくれました。Yちゃんはそれをまあ何も食べてない子のようにむしゃぶりついたのです。

我家の子供たちがYちゃんの年(1才10ヶ月)の頃、私達は社宅に住んでいました。社宅は同じような年代の方が多かったので、同じような子供たちがいっぱいでした。上下関係はあまりなかったのですが、それでもお互いそれなりに気を使いながら暮らしていました。お菓子を持っている子がいれば、その子のお母さんが最初から皆に分けてくれるのがあたりまえのことになっていました。遊ぶ時もルールを守っているか皆が見ていました。だから社宅の子供たちは行儀良く、おりこうさんでした。chiyomi さんの子育てはそんな中だったので、Yちゃんの今回の行動は新鮮にうつったのでした。社宅時代の chiyomi さんなら、Yちゃんが人の持っているおやつの袋に手を伸ばそうとした時点で “Yちゃんだめ”が出てしまっていたと思います。

良い悪いはおいといて、Yちゃんと過ごす時Yちゃんのしたいようにさせます。“かっぱえびせん”にむしゃぶりついていても、笑っていられます。

同じ日、息子たちは神戸の自宅に帰りました。さみしい気もしますが、肩の荷がおりた感じです。

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