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やっぱりのせよう

篠山市と丹波市にまたがる地層「篠山層群」から、大型草食恐竜ティタノサウルス類(全長十数メートルはあるとされています)とみられる骨の化石が見つかったとにぎやかです。ついでに草食恐竜を食べる肉食恐竜の歯の化石も見つかったそうです。
新年早々、テレビに新聞にとにぎやかです。
それで年末に載せようかなと思いながら、没にしていた篠山の写真と記事をやっぱり載せようと思いました。

*** 篠山の町 40年たつと・・・ ***

Cimg2390 篠山は青山藩6万石の城下町です。40年前には城跡だけでしたが、数年前大書院が復元されました。石垣の上に見えるとがった屋根がそうです。
多紀郡篠山町・西紀町・丹南町・今田町が合併し、篠山市になりました。
年末から夕張市のことがずいぶんと話題になっていますが、篠山市も限度額いっぱいの債務を抱えているとぼつぼつ新聞で取り上げられるようになってきました。

Cimg2369 木造ペンキ塗りの旧篠山町役場の建物です。
「大正ロマン館」と名付けられ、観光案内やおみやげ物が売られたりしています。
このあたりが篠山の中心で駐車場もいっぱいあるのですが、最近30分までは無料ですがそれ以降は一回200円徴収されるようになりました。



Cimg2391 今の篠山市役所です。デカンショ節のブロンズ像が出迎えます。
県立篠山鳳鳴高校移転跡地に建設されました。一番上の城址の写真の、堀の北側にあります。
篠山鳳鳴高校は今は「ホウメイ」と呼ばれますが、かっては「ささこう」と呼ばれ篠山で一番歴史のある高校です。メールのお兄さんや娘のRちゃんの母校ですが、chiyomiさんやお父さんは40年前新設された篠山産業高校が母校です。ここから自転車で20分ほどの所にあります。
Cimg2371 この建物は、高校を卒業し、就職した多紀郡信用金庫(一年後に合併し中兵庫信用金庫になりました)がありました。今信用金庫は北に150mほどのところに移転し、ここもまた物産館になっています。
就職したときは、2年後に京都に行くとは思ってもいませんでした。(その時の気持ちはバックナンバー2006年2月25日です。もしよかったら読んで下さい。私の人生の中で一番一途な時でした。)
就職したての頃は、仲良しの友達とお好み焼き・あんみつ・・・と仕事帰りに寄り道するのが楽しい毎日でした。
Cimg2372_1 信用金庫の前は、大手食堂、出口食品、出野商店があります。大手さんは大衆食堂で、信用金庫で残業をするといつも「きつねうどん」の出前を運んでもらいました。今は“牛とろ丼”がお薦めで、さだ まさしさんも来られるそうです。篠山の特産品を山積みした二つの商店は、いつも観光客でいっぱいです。
いまほど観光客がなかった40年前には、みられなかった風景です。


Cimg2358_1Cimg2361_1Cimg2362Cimg2363Cimg2364Cimg2375Cimg2379Cimg2382

最初の写真は、今は歴史博物館として公開されていますが、かっては裁判所でした。二番目は、高校時代新聞部だったころ通った印刷屋さん。半分はパン屋さんになっていました。玉川旅館。篠山の地酒屋さん。栗屋西垣の栗納豆、物産館で買うより2倍ほどしますが味はお薦めです。
内科のお医者さんが画廊になっていました。
黒豆パンの、小西のパン屋さん。猪肉のおおみやさん。どちらも40年前よりずっときれいなお店です。

これらが、20歳まで過ごした私にとっての懐かしい篠山の町の今の風景です。
いぜんNHKで“21世紀に残したい私の好きな風景”とかの特集があったとき思ったのは、晩秋の早朝丹波盆地が真っ白な霧の中に沈み、何も見えなくなってしまう風景でした。自転車で学校や勤めに行くとき、髪の毛から雫が落ちるほどの深い霧でした。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

  こんにちわ、カラスです。
chyomiさん、高校、どちらも、ごんべいと、電話の仕事で行った記憶があります、カラスは、いつでも一緒、ごんべいカラスですから!、ホウメイは雰囲気がよかった、産業の方は少し悪かった様に記憶しております。子供(R)ちゃんが在学して居たかもしれませんね、日にちがたつのは早いですね、お互いに残された人生有意義に過ごしましょう。お話変わりますが柿は、手先の器用なごんべいがやります、カラスは一個も剥きません、柿のかたちが変わりません、ですから剥いた皮が物凄く少ないです、乾かして、粉にして七味唐辛子につかいます、美味しいですよ、干し柿は、売りません、欲しい人には差し上げております、乳酸菌いっぱいの健康食品1/2個一日食べています、乳酸菌飲料欲しく無く成ります、冷凍庫に保管、三年まえの食べています、昔の人は、もつと乾かして、飢饉に備えていたんでしょうね、柿は、日本原産かんがえさされる今日この頃です。

投稿: ごんべいカラス | 2007年1月 6日 (土) 17時15分

その当たりは、やはり歴史に出てくる場所。
一度では憶え切れませんが、なんだか大切な日本の風景だと分かります。

投稿: あきの | 2007年1月 6日 (土) 17時52分

ちよみさん、歴史あるいい街並みのご紹介ありがとうございます。あのデカンショ節の発祥の地ですか?♪デカンショ~デカンショをで、半年暮らす~・後の~半トシャ~ァ・寝て暮らす♪・・ホントかなぁ~。重みのある街並みですねぇ。

投稿: こじま | 2007年1月 6日 (土) 19時33分

カラスさん
ごんべいカラスさん家は、七味唐辛子は手作りだなんてびっくりしました。そう言えば柿の皮を集めて干してあるのを見たことがありますが、そんなふうに使う事が出来るのですね。そしてごんべいさんは柿の皮むきが上手とのこと、しかも1500個も・・・さぞ大変だった事と思いますが、縄に差し込み干されてる風景はさぞ美しいと想像します。まさに“残したい私の好きな風景”ですね。(^o^)
鳳鳴も産業もご存知だとは、またびっくりです。
今日はごめんなさいでなく、びっくりばかりですね。(笑)
ごんべいさんにもよろしくお伝えください。

投稿: chiyomi | 2007年1月 6日 (土) 22時30分

あきのさん
篠山城は関ヶ原の合戦後、大阪方ににらみをきかす為家康の命で藤堂高虎によって築城された城ですが、天守閣は最初から作られなかったそうです。
歴史的には、篠山城から東の方向に見える高城山(丹波富士)のほうがよく出てきます。戦国時代の波多野氏の山城で、人質になっていた明智光秀のお母さまが磔になったお城です。

投稿: chiyomi | 2007年1月 6日 (土) 22時48分

こじまさん
ホントかなぁ~・・・ほんまやなぁ~・・そんなにして暮らせたら幸せやなぁ~。
昔は、朝早くから晩遅くまで働いても生活は苦しかったと思います。夢を歌っているのでしょうか。
古い篠山の町並みは、今日の写真のあたりでなく、河原町や南新町のあたりに多く残っています。
全国で65番目の国の重要伝統的建造物群、保存地区に指定されています。

投稿: chiyomi | 2007年1月 6日 (土) 23時03分

2月25日に行ってきました。一生懸命な20才は今も続いていますね。私はいい加減に生きてきて反省してももう間に合いません。chiyomiさんの育った町並み拝見しました。
ここで育った方がみたら、さぞ懐かしいでしょうね。

投稿: oss102 | 2007年1月 7日 (日) 11時42分

OSSさん
2月の記事にはOSSさんのコメントも載っています。
昨日読んでいて、うれしかったです。M(__)M
自分で言うのもおかしいけど、懐かしいです。
今年からは、そこそこ一生懸命にしようと決めました。(^o^)

投稿: chiyomi | 2007年1月 7日 (日) 14時05分

chiyomiさんへ
2月25日に行ってきました。
よく似た青春時代に驚きとともに、よけい親しみを感じています。
いまや、同士の感ありです。
私も諸々の事情で、大学進学を断念して、山陰の地元で就職して3年、21歳の時に、大阪の保育の専門学校を受験して、アルバイトをしながら卒業しました。
chiyomiさんのように、立派な大学ではなかったけど、働きながら学ぶことはそれなりに大変でした。それでも学びたかった。と言うより、キャンパスライフを送りたかったというのが正直なところかもしれません。
背景も、動機もきっと一緒です。田舎の街から飛び立ちたかった。自分の可能性をもう一回確かめてみたかった。
あのころの、心沸き立つ感情を思い出して、胸が熱くなりました。


投稿: ネモフィラブルー | 2007年1月 8日 (月) 10時00分

ブルーさん 読んでいただきありがとうございます。
私も、ブルーさんのメールを読みながら胸が熱くなっています。
昭和40年代前半日本は高度成長時代を迎えていましたが、都会の成長から地方はまだまだとり残され、地方から大学に進学できるのは一部の方でしたね。
そんな中いったんは妥協しても、あきらめきれなかった仲間がこんなちかくにもあったこと、うれしい気持ちがいっぱいで読ませていただきました。
その後「やらんで後悔するより、やる道を選ぼう」をモットーに生きるはずだったのにいつのまにか安易な人生を送りつつあります。
そんななかブルーさんのブログに接し、さまざまな刺激を受けることが出来ほんとうにうれしく思っていました。感謝しています。
そして先日の「みどりちゃん=ディープインパクト」には完敗です。(^o^)

投稿: chiyomi | 2007年1月 8日 (月) 12時35分

恐竜大好きの二男は 恐竜の化石の発見に興味津々。
写真を見たいというので検索したのですが 思うような写真を探すことができませんでした。

投稿: ゆ | 2007年1月 9日 (火) 21時54分

chiyomiさんこんにちは。朝一番にあけたメールで(コメントありのお知らせメール)知って、その後出かける時も何か今日の空のように明るい気持ちになりました。ありがとう。
この1月6日の「やっぱりのせよう」は以前も見ていましたが、あらためてゆっくりと読み返しました。
以前の同僚(数年先輩ですが)に篠山市在住の人がいて、篠山町時代からPRを聞いていました。丹波立杭焼きを地元で一度見てみたいなどと思っていました。ふら~り、のんびりと小旅行気分で行ってみたい町のひとつで、その時には、chiyomiさんの今日の記事を参考にします。
2月25日は今日初めて読みました。chiyomiさんが京都で学生生活を送られた頃には、まだ当方は京都には住んでいなかったことになります。chiyomiさんにとって京都の町は懐かしくかつ胸キュン(こんな表現しかできずごめんなさい)の町なのですね。
また来ますのでよろしくお願いします。

投稿: ムムム | 2007年1月13日 (土) 15時00分

今日一日、とってもうれしい気持ちで過ごせました。本等にありがとうございました。それなのにご返事が遅くなってしまいすみません。
近くに住む息子家族と毎週土曜日は一緒に晩御飯を食べるのが約束になっています。土曜日の晩だけ我家は7人家族になります。とってもにぎやかですよ。
息子たちが帰り静かになったと思ったら、パソコンの横で今度はお父さんが大いびきで寝てしまいました。にぎやかです。(^o^)
はい、京都は私にとって特別なところです。京都に行けたからこそ、後悔せずに生きてこられました。今はムムムさんの街ですね。
篠山の町にも是非機会を作ってお越しください。立杭は10月末の陶器祭りのときは混雑しますが、各窯元が一斉に見学自由になりますので一見の価値があります。ただ篠山市街地からはバスの便があまりないので、2ヶ所行くには車が便利かなと思います。祭りの日は立杭だけだとJR相野駅からシャトルバスがJRにあわせて発車しています。chiyomiさんの13年目のマーチもスタンバイOKです。
私こそどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: chiyomi | 2007年1月13日 (土) 23時42分

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