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8月生まれの おともだち ♪

P1000491 孫のゆうきちゃんの誕生日は8月30日。今日5歳になります。

6年前の今頃、明ちゃんのお母さんとchiyomiさんは病院で初めての孫のゆうきちゃんを待ち続けていました。元気な産声を聞いたのは夜明け前でした。

chiyomiさんは何度も何度もゆうきちゃんをブログに書きました。お父さんとchiyomiさんにとって数えきれない愛おしさと、幸せの歴史です。
何度も何度も抱っこしてきたのに、ここ数か月前から抱きあげることができなくなりました。量ってみたら、20キロもありました。ゆうきちゃん大きくなったね。

昨夜、ゆうきちゃんは幼稚園のお誕生会で歌うお友達をお祝いする歌を歌ってくれました。8月生まれの おともだち♪…で始まります。

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レンタル しました

P1000469_3お父さんの車に乗れないchiyomiさんは、田辺に行ってからしばらくは毎日歩いて買い物に行っていました。歩くだけで往復1時間余りかかりましたが、狭い部屋の中から解放される大好きな時間でした。
入院後お父さんは 、軽自動車をレンタルしてくれました。田辺市の街中は道が狭く、軽自動車がたくさん走っています。ガレージに3台置いてある車みんな軽自動車と言うお宅もありました。

お父さんはこの思いつきに大満足でしたが、私は心の中で車よりワンルームマンションを借りてほしいと思っていました。会社の方二人と一緒に住むマンションは、お風呂に入るのもトイレに行くのも冷蔵庫の飲み物を取りに行くのも・・・遠慮がありました。

P1000490_6 マーチに乗れなくなったchiyomiさんは、実家に行くのにさぁ~どうしようと考えました。
三田駅までは歩いて行き、JRで篠山口。そこからタクシー・・・そう思っていましたが・・・篠山口駅にレンタサイクルのお店がありました。JRのICOCAカード提示で、一日500円乗り放題です。

まだ開業したばかりで、ピカピカの自転車。初めて電動自転車に乗ったchiyomiさんは、あまりの快適さにこのまま三田まで帰れそうと思うほどでした。

2カ月間ほおりっぱなしにしていた chiyomiさんの畑でしたが、そろそろ冬野菜の種まき準備を始めました。日差しは肌に痛いほどですが、ふく風はもう秋の気配です。

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マーチ ごめん

13年目の車検時 chiyomiさんは「マーチで20年20万キロをめざします」とブログに書きました。その気持ちにウソはなかったのです。

40歳を過ぎ初めて車の免許を取り、同時に乗ったのがマーチでした。長い間の夢がかなった分、マーチへの思いは強く「マチコ(娘がずっと前つけてくれた愛称)お母さんはもしマチコが動けなくなったら他の車は乗らへん」と語り続けていました。

16年目を迎え、14.6万キロ…chiyomiさんと一緒でした。働き者のマーチでした。

一年点検に日産のお店に持って行った時もまだまだ乗り続けるつもりでした。次の日に新しい車の契約をしてしまうなどと思ってもいませんでした。

点検を受けることなく新車が届く八月末までとそのまま自宅に戻ってしばらく経った日、マーチはエンジンをかけると大きな金属音を発するようになりました。あわてて点検に持っていくとエンジンの冷却部分が劣化しているのであまり乗らないでくださいと言われました。家に着くなりマーチは大量の冷却水漏れを起こしました。

マーチ ごめん。長い間頑張ってくれてありがとう。

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お盆もすんで

ここ何日か、我が家のテレビは朝も昼も夜中もつきっぱなしでした。高校野球・競馬中継・巨人阪神戦・世界陸上・全米オープンゴルフ・・・テレビの前にお布団も敷きっぱなしのお父さんはリモコンを握っていました。

家に帰ってからのお父さんはそれでも2日間は保護者(chiyomiさん)同伴を頼み楽しみにしていたパチンコに出掛けましたが、まぁ~よぉ~負けました。
楽しみにしていた孫たちも入れ替わり立ち替わり、まぁ~よぉ~来てくれましたが最後には体がついていきませんでした。
車に積んでいたゴルフバックも「もうしばらくは出来そうもないから降ろしてほしい」と言いました。結構重たいバックを持つ私に、5月に買ったまままだ履いたことのない靴を提げ「履けるやろか・・」と心もとなげです。

退院できたとは言え、まだすっかり良くなったわけではなく日にち薬です。

今朝ボルト選手の圧倒する走りに興奮後、お父さんは田辺に向かいました。
結婚以来一年365日家にいつかないお父さんがずっと家にいました。朝・昼・晩しっかり一緒にご飯を食べる毎日でした。
「やったぁ~! やっとこれで私の毎日が戻る!!」「テレビから解放される」
そう思うはずが、思えず見送るchiyomiさんがいました。

今日は50代最後の日です。明日は60回目の誕生日です。

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P1000485 お父さんとchiyomiさんは、8月7日三田に帰りました。

暦の上では立秋ですが、帰る日になってやっと夏が来たと感じるほど朝から晴れ上がりました。じっと立っておられないほど暑くなりました。

田辺市元島の海です。
ここからほんの少しで天神崎に行きます。潮の干満によって現れる岩礁の割れ目に残された魚を、網ですくう子供連れの姿がありました。
ゆうきちゃんやみずきちゃんを遊ばせてあげたかった。パンダのアドベンチャーワールドにも連れて行ってあげたかった…遠いところまで見舞ってくれたのに何もしてあげられなかったね。

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熊野古道から 熊野本宮大社へ

お父さんが腰にできたヘルニアで動けなくなり、痛む様子を見続ける毎日は神様仏様にすがる思いでした。そしてまだ参拝したことない熊野権現さまにも手を合わせていました。
和歌山県田辺市は、はるか千年の昔からつづく熊野詣の地でした。
やっと退院の日が決まり熊野本宮大社にお参りしなければと、熊野詣の方々が歩かれた熊野古道から熊野本宮大社まで中辺路コースをたどりたいと思いました。

P1000455_3 熊野古道中辺路コースは滝尻王子から熊野本宮大社まで40kを歩く道です。2日間に分けて歩きます。2カ月間山歩きから遠ざかっていて、暑い夏場…自信がなく小広峠からの出発を決めました。
朝6時20分、お父さんの入院先の病院を出発する本宮大社行きのバスに乗りましたが小広峠まで乗客はchiyomiさん一人でした。

P1000456 ただ一人山深い古道をたどる不安を、ここはもう熊野の聖域だからと自分に言い聞かせながら歩き出しました。
紀州は“木の国”と呼ぶそうです。手入れされた杉木立の中に続く古道は、想像以上のアップダウンでした。
以前JRの駅で見て憧れた熊野古道を歩く素敵な装の夫婦・二人連れのポスター・・・とんでもない。

P1000459 清流沿いは涼しく気持ちよく歩けますが、トカゲや蛇の苦手な方は、夏の古道歩きはすすめられません。
久しぶりの山歩きに自分を励ましながらの2時間。ぽっと飛び出したところが三越峠の車道でした。
ここでやっと落ち着いて休憩をとっていると、初めて人に会うことができました。田辺市消防署の職員の方で、熊野古道で遭難とかがあったときのための訓練で本宮大社まで歩かれるそうです。chiyomiさんはやっぱり守られていたと確信しました。

P1000461急な登りを登りきったところに木の鳥居があります。発心門王子社です。
ここからが本宮大社の神域になり、深山の古道から人の気配のする古道になりました。
バス停もあり、ベンチもあります。
ここまで歩き始め4時間足らず、予定通り歩けたことに満足しお昼にしました。

P1000467 発心門王子から熊野本宮大社までの古道は、里の風景をそしてその遠くに連なる山々を眺めながらゆったりと楽しめる道です…そうありたかったのにできなかった。今の私には18k後半は正直疲れました。
熊野本宮大社にようやくたどり着いた時には、お父さんがよくなったお礼を言うより無事歩きとおせたことへの感謝の気持ちの方が大きかった、なんとも恥ずかしい熊野詣でした。

   すれ違う 心は封じ 峠越え  熊野古道 還暦の夏  

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