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摩耶山へ

今日は孫のゆうきちゃんの幼稚園初めての運動会でした。
でも昨夜は息子たちが結婚式の二次会に出席だったので3人の孫とお留守番。十分一緒だったし・・・お父さんも帰ってこないし・・・天気予報は晴れ。山に行きたい気持ちが勝ってしまいました。

   ☆今日のコース(神鉄主催)☆
 神鉄谷上駅~炭ケ谷~石楠花展望台~黄蓮谷~徳川道~桜谷道~摩耶山

秋の六甲・まやカーニバル参加のイベント登山で、摩耶山で解散になります。
ジャズの生演奏があったり、お楽しみ抽選会もありました。もちろん抽選に外れた後は下山ですが、裏六甲から来たのだからと神戸側に降りる青谷道を取りました。最寄駅は阪急王子公園駅。阪急は混んでるからとなんとなく新神戸まで歩き始め、こんなことなら別のルートを新神戸まで降りればよかったと後悔しました。
でもまぁ~目いっぱい歩けてよかったよかった。

P1000633 ジャズを演奏されている神戸大学軽音楽部のみなさんの写真を写そうとデジカメのスイッチを入れると“ファイルが入っていません”の表示。藍那古道の時もそうでした。
先週山の会で行った「柏尾谷池」のヒツジ草の写真を。

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枝豆の収穫

P1000591 篠山市では、今年から黒豆の枝豆販売は10月4日からと決まりました。
とはいっても今年の黒豆は去年できすぎたのを覚えている農家の方には粒も小さくなりも悪く感じるようで、本格的な出荷は10日ぐらいからになりました。実家のある川北では毎年黒豆を作る田んぼをかえ、まとめて栽培します。ずっと黒豆畑が続きます。
10月に入り篠山盆地は霧につつまれ始めますが、まだ本格的ではなく8時過ぎには晴れてきます。

chiyomiさんの小さな黒豆畑でもやっと枝豆の収穫を始めました。

今年は苗を植え付けようと思っていた日に和歌山に行くことになりました。
畑の準備は出来ていたので、近所に住む従姉妹が植えてくれることになりました。防除や豆が倒れない為の杭打ちや縄を張る作業、肥料も弟がやってくれました。雨の日が続いたので水遣り仕事は省くことができました。

今年の枝豆は“chiyomiさんの枝豆”と言うのにはばかられます。

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台風対策

夕方のNHKニュースは「台風18号は明日未明3時頃、和歌山県田辺市に上陸予想」を伝えました。今お父さんの工事現場は田辺市にあります。

10月30日の国交省の検査を受けるための仕上げにかかっていた工事は、先週末にも田辺市周辺の豪雨で痛手を負いました。それから数日後、今度は18号台風です。

今朝お父さんから「家のほう頼むわなぁ」と電話がありました。結婚以来、台風の来る日にはお父さんはいつも現場待機でした。台風が来る度テレビの台風速報をつけっぱなしでお父さんの工事現場と我が家、2か所を無事通過するのを祈る気持ちで待ちました。今回は、もしかするとお父さんが受け持つ最後の現場になるかもしれないという思いがあります。

先週の豪雨の時は、急だったので1トン土嚢で水の流れを変える作業をしていて若い社員の方が土嚢の後ろ側に目土を盛っておられたのを見て「目土わな、土嚢の前に盛るんや。時間があったらシートを敷いて土を盛ったら水が流れてきたらシートを持ち上げて余計しっかりするんや」と言ったそうです。いい大学を出て事務処理能力は長けていても、現場管理まではなかなか経験する時間が取れないのが今の現状だと聞きます。焦っていたら気がつかないこともあるんやな。お父さんと一緒でよかったね。台風は度々来るものではありません。今回お父さんが40年かかって経験したことをもっともっと伝えてほしいと思いました。

お父さんの電話があってから、chiyomiさんも我が家の台風対策にかかりました。夕方にはそれプラス雨戸のない二か所の出窓にガムテープを張り付けました。とった後のことを考えるとこれまではせずにいました。
宇土の観音さんにもお参りをしました。頑張るお父さんに気持です。

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未経験な時間

「今、忙しい?」 久しぶりにかかってきた友達からの電話 。
「お父さんの手術はうまくいったけど、足のしびれや痛みは続いていて定年延長には弱気になってるみたい・・・」 という話から 「お父さんとこれからのこと話し合ってる?」 と聞かれ、一瞬返事が出来ず「せなあかんなぁ~」とこたえ、話題を変えた。

まだ子供たちは小さかった、お互い20代だったころ「お金がない」ふうなことを言った私におとうさんは「盗人して来いと言うんか」と怒りました。どんないきさつからそうなったのか覚えていないほど昔のことですが、よっぽどのことがないと怒らないお父さんが怒ったのだからchiyomiさんはよっぽどひどい言い方だったのだと思います。

それ以来 chiyomiさんの 「お小遣いがない」は言えても「生活費がない」と言う言葉は言わずに来ました。日本経済も成長期でお父さんのお給料は順調に昇給し、chiyomiさんも生活状況に合った仕事に恵まれました。いつの間にか我が家の経済は、お父さんに相談するという習慣を持たなくなっていきました。
年子だった子供たちが私学に行くためにかかる費用も、次々計画するリフォーム費用も事後報告。おまけに、希望したわけではないのにお父さんのへそくり?の通帳までchiyomiさんの手元にあります。

「お母さんあっての我が家」とすべてを任されおだてられているうちに、これまで未経験な定年後の時間をどう過ごしていくかという気がかりをどう話したらいいのか・・・とまどっています。

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