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第一子は

婦人公論最新号で「生まれ順と性格的特徴」を、親の介護であらわになるきょうだいの本性と題した記事中に組まれていました。

 面倒をみることが時に生きがいともなる第一子ですが、だからといって親の面倒をみることに向いているかといえば、必ずしもそうではありません。第一子は、介護を引き受ければ責任をきちんと果たそうとします。弱音を吐くことはプライドが許しません。と同時に、自分の家族や仕事に対しても責任感が強いですから、すべてを抱え込み、責任の重さに耐えきれなくなることもあります。
 プライドをたいせつにする性格ゆえ、介護という、ある意味、地味で単調な作業が繰り返される日々に対して「自分の人生をこんなことに費やして意味はあるのか」と疑問に思う気持ちも生まれてきます。逃れられないけど、逃れたい・・・というのが第一子の心情で、その思いが強まると、実際に介護から逃れようとすることも。それが考えた挙句の結論だとしても、自分の思いを口に出さないままの決断であれば、周囲には唐突な印象を与えてしまう。
 自分の考えを言わないのは第一子の大きな欠点です。介護が重荷ならば、何がどのように大変か、自分ができることは何か、考えていることをきちんと説明する努力が必要です。・・・とつづきます

「要介護1」と継続認定された実家の母は、自分のことはなんとか自分でできます。でも弟が仕事に出かけた後、ただ一人で過ごす母が気になり出かけます。
90歳になりました。

毎週土曜日には、子供や孫たちがやってきてにぎやかです。

60歳を過ぎた今、本当ならもっとのんびり過ごせたらと思ったりします。でもやっぱりみんなのことが気にかかり、つい抱え込んでしまいます。
この記事を読みながら、なんとうまいこと書いてくれたったとうれしく思いました。他にもきっとchiyomiさんはいっぱいなんやろうなぁ~・・

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