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P1020212 私が生まれ、大きくなった家です。今も黒く光る大黒柱があります。
祖父のお兄さんが大工で、この家を建てました。この写真を写す私の後ろに道路に面したもう一つ部屋があり、当時タバコ屋さんとおとふ屋さん、時にはお饅頭を作って売ったりもしていたそうです。
家を建てたお兄さんは若くで亡くなり、祖父はお兄さんのお嫁さんと結婚しました。小さな男の子がありました。そして父を含む4人の子供が生まれました。
しかし、祖母・まだ幼かった叔母と結核で亡くなりお商売はやめることになり、叔父は戦死。家を継ぎ、大工になった父もまた私が生まれ弟が生まれたころ結核にかかりました。長い入退院の繰り返しで、父は片肺。残ったもう一つの肺も一部切除されましたが、マイシンのおかげで生きることができました。ただ当時結核は嫌われた病気のうえ、健康保険制度もなく生活はとことん苦しく、母は私にしか当たる所がなかったのかとふと思います。
母に怒られると、祖父の所に逃げていました。手前の部屋が祖父の部屋でした。
父は退院後家を建てる大工は無理で、当時から篠山に工場があった芦森工業で織機大工の職に就き、79歳で亡くなるまで父も生まれたこの家を繕り繕りしてきました。

父が亡くなって20年近くなりますが、ほとんど建具に隙間がありません。

もうすぐ取り壊される家を、せめてブログに残そうと今日写真をとりました。
100年以上生きてきた家です。
年末に母の部屋とこの部屋の障子を張り替えておいてよかったと今思います。
母をこの家から送りたかった。若い頃は、ただだだっ広いだけの家は好きでなかった。実家に通ううち、年をとったら畑仕事をしながら縁側でボ~っとしたい・・そんな夢をいつの間にか見てしまったchiyomiさんです。

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