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chiyomiさんの畑

母が亡くなり、弟は「お母さんの貯金からお葬式の費用を払い、残りを半分ずつ相続しよう」と言いました。

父が亡くなり20年近く、母は父の遺族年金・自分の国民年金を受給していましたが 「もったいない、もったいない」 と父の遺族年金は法事とかの費用に充てるだけで “しまつ” に生活しました。そのお金を相続することに、痛みを感じました。
旅行に行きたいと思うでなし、上等な服がほしいと思うでなし。いつももんぺ姿に前掛けをし、一年中野菜が育つ畑と、きれいに草引きされた庭が母の生きがいでした。

「お金でなく、お母さんの形見分けに畑がほしい」と弟に言いました。
「考えとく」と言っていた弟から、二週間ほど後に「畑は自分のものでない。家のものだから欲しいと言われてもあげられない。今作っているところは勝手に作ったらいい」と返事されました。

従妹から「お嫁さんが来たったら、もうちよみちゃんの家やないんやで」と言われた言葉がよみがえります。父が亡くなった時、相続放棄するようにと言った母を恨みました。
母が交通事故で一回目の大腿骨骨折をし入院して以来の実家通いがなかったら、こんな思いも生まれなかったと思います。弟がせめて10年前に結婚してくれていたら、錯覚することもなかったと思います。

chiyomiさんの畑で去年はお彼岸にみんなでサツマイモ堀をしました。試し掘りをしてみると大きくなっていましたが、この秋はみんなでサツマイモ堀が出来るかなぁ~・・
去年ほど世話ができなかった黒豆のさやも、ふくらんできています。

なんにもいらん。そやけどchiyomiさんの畑だけはほしい・・と思ったのですが・

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いまさらですが

母が亡くなって一か月が過ぎました。
取り壊され始めた実家、骨と皮だけになってしまってもまだトイレにだけは行きたがった母。お葬式が始まろうとした時の、激しいよこなぐりの風雨・・
フラッシュバックするシーンと平行する、実家は私の中には無いという現実。

寝ても寝ても悔しさから解放されませんでした。

お葬式の時 「ちよみちゃんは幸せやな」 と従妹は言いました。
太っ腹のお父さんがいて、息子とお嫁さん。娘とお婿さん。お葬式の最中に「おばあちゃん、おばあちゃん」と呼んでくれる五人の孫がいる。

欲なことは言わんとこ。楽になろう・・やっとそう思います。

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