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イグアスの滝へ そして帰国

5月30日(木) ブラジル入国
朝、クスコから空路リマへ。リマからブラジルのイグアスへ発ちました。
リマ空港出発後一時間ほどでチチカカ湖が見えてきて、その後三時間でイグアス到着。ブラジルに入国。この日も移動日です。

5月31日(金) 二つの国からイグアスの滝を見物
P1010356 バスでイグアスのホテルを出発後、まずアルデンチンに入国。
トロッコ列車で二駅程。徒歩で「悪魔ののど笛」と呼ばれるポイントに向かいます。一週間ほど前の雨で増水したイグアスの滝は、じっと眼を開けていられないほどの迫力でした。
P6010427 再びブラジルに入国。
今度はブラジル側から見るイグアスの滝です。これでもか・これでもか・・ど迫力の滝の連続に食傷気味。
日本の滝の風情を懐かしく感じる、chiyomiさんでした。
観光後、イグアスの空港へ。
ショップには、ブラジル・サッカーの黄色いユニフォームがまたこれでもかと・・並び、コンフェデ杯そしてワールドカップを迎えようとする元気が溢れています。 また、リマに戻りました。

6月1日(土) リマから サンフランシスコへ
今回の旅は、アメリカ・ペルー・ブラジル・アルデンチンと何度も時計の針を変えました。最大14時間の時差だったと思います。
いよいよ帰国開始ですが、サンフランシスコのホテルで休息の一泊。

6月2日(日) サンフランシスコから 関空へ

6月3日(月) 無事 関空到着

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インカの都

5月28日(火) マチュ・ピチュ遺跡へ
一番鳥が元気に鳴いたのは夜中の2時・二番鳥も・・四番鳥まで鳴きました。そのたび犬が吠え、やっと朝になりました。
P5280425_3早朝6時前、インカレールのオリャンタイタンボ駅に向かいバスでホテルを出発。
座席指定の列車は、ウルバンバ川に沿って走りました。ペルーに着いてから川らしい川を見たのは初めてです。心が落ち着きます。この川はなんとブラジルを横断後、大西洋に流れるそうです。
マチュ・ピチュ村駅からは、バスでいよいよマチュピチュ遺跡です。まず遺跡が一望できる場所まで案内され、撮影タイム。写真を横から眺めてください。ホラッ・・人の顔に見えます。
遥か左右には、連なる雪山も見えます。インカの人々は雪山を神様と崇めていて、1400年頃この地に都市が造られた理由の一つではないかと説明されました。
P1010347_3 さあ、遺跡の核心部。スペイン人の侵攻をのがれ、ほとんど完璧な姿です。
すべての建造物は、日の出の方向に向かっています。
写真は「三つの窓の神殿」 窓はかすかに台形で、外側に比べ内側が少し大きめです。これは次の訪問地、クスコでも同じ仕様でした。インカ文明は鉄器を持ちません。石切場で硬い石器で作業し見事に造り上げた。
気の遠くなるような作業を思い、石を撫でてみた。

5月29日(水) クスコは お祭り
連泊のウルバンバのホテルから、高度3400mのクスコの街に。
P5300431 かってインカ帝国の首都だったクスコはスペインとの戦いで焼き払われ、残った神殿の石積みのうえにキリスト教会が建ちました。写真のサントドミンゴ教会も(地震で上部が壊れても、堅牢なインカ時代の石積みはびくともせず残っています)アルマス広場のクスコ大聖堂も。
この日アルマス広場は、大勢の人々でいっぱいになりました。クスコの各教会から聖人が御輿に担がれ大聖堂に集まる、エントラーダのお祭り。今ペルーは、カトリック教徒がほとんどです。
P1010352 昼食を食べたのは、石積みを壁に使ったレストラン。街を歩くと塀や小路にインカの石積みが残ります。写真の石積みの奥の方に12角の石があり、塀の途中で石積みが変わっているのはインカ以降の石積みです。
インカ帝国の富を略奪したスペイン人は国を統治下に置き、首都をクスコからリマに移しました。
夜は、OPのディナーショーに参加。

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アンデスを越えて

5月27日(月) アンデスを越え、クスコ空港からウルバンバへ
リマから、空路クスコに向かいます。褐色に連なるアンデスの山々に、そして雪山に、首が痛くなるほど・・釘付け。あっという間の飛行でした。
P1010346 クスコの空港からすぐバスで、 ウルバンバに向かいます。広々とした草原の中バスは行き、雪山(アンデスの山は5000m越えで雪山になると聞きました)も見えてきて・・今回の旅の間中仲良くしていただいた記念写真を撮りました。
食事、買い物、見学時・・いつもお世話になりました。そして何より、一緒に参加したYさんと煮詰まることなく過ごせたのも皆さんのおかげでした。
P1010345_2 途中、マラスの塩田も見学。このあたりで標高は3000m越えと思われます。急な坂を急ぐと少し息切れします。
山から濃い塩分を含む水を小さい田んぼに引き込み、蒸発させ、出来上がった塩をかき集めます。
お土産にいっぱい買いこみました。
この後、民家を訪問。そしてウルバンバのホテルに到着しました。
その夜、南十字星の見つけ方を教わりました。まず、二つ並んだ明るい星を見つけます。その右手に、南十字星の4つ星を見つけた時、ここは南半球だとうれしかった。

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リマ そしてナスカへ

P5240437 5月24日(金) リマ市内観光
サンフランシスコから9時間余り。
早朝、リマ空港到着後バスでペルーの首都・世界遺産リマ一日市内観光に出発です。
アルマス広場(写真・中央が大統領府です)、天野博物館(ナスカ時代の民芸品やすばらしい織物が見られます)他をバスを降りて。後、車窓から。
現地ガイドさんの「ペルーでも今、電気製品はサムソン。自動車はヒュンダイが人気で、日本製は奥に追いやられています」とのなが~い説明に、車中は “どよ~ん” とした雰囲気のままホテルへ。

5月25日(土) ナスカへ
今日はリマから南東に450kmも離れたナスカに、丸一日かけてバスで大移動です。(大阪から沼津程の距離です)
P5260435_2 ペルーの国土面積は、日本の約3.4倍。その一割は北上するペルー海流(寒流)の影響で雨が降らず砂漠化した太平洋沿岸。三割がアンデス山脈地方。残り六がアマゾンだそうです。
バスは砂漠の中のハイゥエーを延々と走りました。
パルパの“家族の地上絵”を観た後、これまた道路脇にある観測塔ミラドールに登りました。ナスカ平原の地上絵の一部が見られる鉄塔です。
明日のセスナ機からの見学を楽しみに、ホテル到着。

5月26日(日) ナスカの地上絵
セスナ機に早く乗るため、ホテルを7時前に出発しました。
P5260428 ナスカのあるイカ砂漠の年間降雨量は5mm。ほとんど雨が降りません。ナスカの地上絵は「神様、雨を降らせて下さい」との祈りを込めて書かれたとの説もあるそうです。
セスナ機からは、昨日ミラドールから見えた手・蜘蛛・木、 コンドル・グンカンドリ・花・サル・宇宙飛行士・・等々、広い平原に描かれた地上絵を観ると共に、ナスカの自然を感じることが出来ました。ただ、旋回するセスナ機の中から次々現れる地上絵を写すのはなかなか大変で、このハチドリ(96mもあります)が一番うまく写っていました。(写真をクリックして是非大きな写真で見てください)
その後また、リマに向かって450kmをバスで移動。ホテルに着いて夕食を食べたのは9時を過ぎていた気がします。

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サンフランシスコ 半日観光

P5240436 初めての海外旅行は、スイスアルプス・トレッキングツアーに一人参加でした。二度目は昨年末。ネパールのアンナプルナBCへ。なんとか10日間歩き通せました。スイスとヒマラヤ、どちらも長い間憧れ続け、生きてきた中でいつか行ってみたいと思い続けた地です。
思いがかないちょっと抜けがら状態でしたが、次は山の会の友達4人でカナダと話していました。それが来年に延期になり、思いがけずマチュピチュになったのです。

5月23日午後 今回のツアーは、Yさんと二人参加。心強く、関空出発。
時差のため、同日午前サンフランシスコ到着。着陸寸前、野球場が見えました。もしやあれはサンフランシスコ・ジャイアンツの球場かなぁ~‥初めてのアメリカ大陸です。
かなりうれしい。

OPの“サンフランシスコ半日観光”に参加しました。
現地ガイドさんの案内で、バスの車窓から街中を眺めます。まずゴールデンゲート・ブリッジで下車。霧はわいてなく、快晴です。
チャイナタウンで昼食。大きなお店で満席でしたが、まずい。
フィッシャーマンズワーフの、どってっとアシカも見ました。

夜、ラン航空でペルーの首都リマに向かいました。

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思いがけず ペルーへの旅

P5260438 3月の山の例会時のことでした。
「マチュピチュに、とても安くで行けるのよ・・行かない?」って、Yさんからの思いがけない言葉に動揺しながらも、一面ぶち抜きの新聞広告を見せてもらうことに。
「早く申し込まなければ、すぐいっぱいになりそう。出発日は任せるから、ネットで申し込んで」Yさんの勢いに完全に飲み込まれたまま、その日のうちに申し込み完了。
出発は、5月23日。大安。

「燃油サーチャージ込み 398,000円」  “夢の南米大陸周遊12日間” 5か所の世界遺産を巡ります。OPで、サンフランシスコ半日観光他が付いていました。

旅の3日目。ペルーの首都リマから、地上絵の見られるナスカまでパンアメリカンハイウェーをバスで行きました。ナスカに到着少し手前に“パルパの地上絵”があり、ハイウェーの路肩から見学できます。
“家族”が描かれているとのことです。

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