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高野山 ロス

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少ししかない写真から、一人静。矢立をスタート後、「ゆっくりお願いします・・」を連発しました。そんな時咲いていました。みんなが写し始め、これでしばらく休めます・・

計画・練習?・実現・・今回一緒に頑張ったNさんのメールに「高野山ロス」とありました。秋は日暮れが早いからと、春に行こうと決め、楽しみより不安がいっぱいの半年余りを、共に過ごした。

腰痛が怖いからと、畑仕事を最小限に止めていたので、両手を広げ畑が待っていた。今年は山ぶきも早くから出ていて、夕べからもう今年3度目のつくだ煮を炊いている。ただ、去年の台風で花山椒の大きな木が倒れてしまい、今年からは花山椒のつくだ煮はない。
chiyomiさんには「高野山ロス」はなかったけど、なるべくして腰痛が辛い。

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高野山町石道を歩く 3

去年ブラタモリを見て、Nさんと町石道を歩きたいと合意後、何を目安に計画したかと言えば、宿坊の食事時間に間に合うように「大門に5時には着きたい」でした。

Nさんの引っ張りで、計画通り大門に着き記念写真が撮れました。
大門をくぐったところにある「六町」の町石も確認し、どんどん歩き、ようやく壇上伽藍の前の道の柵の中にある(ちゃんとここにありますの表示板がかかっています)1町石の仏塔に手を合わせ、ようやく無事に着くことができました。

さあ宿坊西門院に向かい急ぎます。
やっと到着、すぐお風呂に入れていただき、みんなで楽しみにしていたビールと精進料理の夕食。
「この部屋なら、大きな声で話されても大丈夫」と食事部屋は別に用意してくださっていて、二の膳+デザート。ガイドブックに西門院は精進料理がおいしいと書かれていたそのままに、みんな大満足の食事会になりました。

高野山二日目は満開の桜にびっくりしながら、まず奥の院を目指しました。
外国のお客さんが、驚くほど多かったです。一人旅でしょうか、喫茶店の窓際で朝食のコーヒーを飲まれる様子に、私もあんな風にできたらと憧れました。
あと金剛峯寺の麩菓子を太極拳教室のお土産に、お父さんにはゴマ豆腐と高野豆腐を買いました。今回、極端に写真が少ないのだけが残念です。

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高野山町石道を歩く 2

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 ☆今日のコース☆
南海電鉄九度山駅・・・慈尊院・・・二ツ鳥居・・・矢立・・・大門・・・西門院(宿坊)

22キロ余りの距離を歩きました。途中歩くのに飽いてしまうのではと心配になる程、長い距離でした。歩数計は45000を超えました。

ただ、町石道を歩いていて常に感じていたのは、守られているという思いでした。
これまで私は、山に行くとなると天気予報が気になって仕方なかった。今回も出発前日になってお天気マークが出て、大喜びだった。それが九度山に着くと霧雨。がっかりだったが、町石道の歩き始めは簡易舗装のけっこうな登りがずっと続いた。日陰もなく、カンカン照りだったらどんなに辛かったことだろう。
霧のかかった杉並木や、竹林を天然のミストを浴びながら歩くのは爽快だった。
ただ一つ残念だったのは、道を間違えた事。最初は慎重だったのに、快調すぎることに慢心し、おしゃべりに夢中になり、町石を追うことを忘れどんどん下っていた。

矢立を過ぎての登りは、きつかった。腰痛をごまかせなくなってきた。
しかし水平歩きもいっぱいあって、大きな杉の木立、遥か向こうの山々の連なりや水の音・・ここは高野山・・・歩けることが幸せだった。
大門に着いたら、みんなで記念写真を撮りたい。希望がかないました。

ひとりでは叶えられなかった。一生ものの思い出です。

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高野山町石道を歩く 1

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やっと出発の日が来ました。
目が覚めた時、まだ夕べからの雨は止んでなかったけど、電車に乗る頃にはやむはず。お父さんが駅まで送ってくれ、JR三田駅5時34分発の電車で出発しました。

最寄りの(和歌山県)九度山駅には8時前到着。ただ、天気予報がずれてしまったのか、霧雨が降り続けていた。雨支度や、忘れ物で出発が計画通りいかないが、町石道スタートの慈尊院にも到着。高野山参詣のスタート地点の証下乗石(ここからは神聖な場所になります。乗物から降りて自分の足で歩いてくださいの意味)を確認。
ご本尊様に「みんな無事に歩けますように」とお願いした。

私にとっての慈尊院のある九度山は、有吉佐和子さんの小説「紀ノ川」の始まりの地です。主人公花さんが生まれ、母を早くに無くした花さんは祖母に大事に大事に育てられ、紀ノ川の下流の村に嫁ぎました。10年余り前に、青春18切符でたずねた懐かしい場所です。

慈尊院すぐ横にある階段中腹に180町と彫られた町石があります。
町石は仏様そのもの。上から「空 風 火 水 地」の仏塔が180体高野山の壇上伽藍(空海さんが最初にたどり着かれたと言われている場所)まで続き、ここからの距離も表している。町石をたどる度、だんだん数字は減っていき、高野山が近づいてくることを体感できる。仏様に見守られた道なのです。

 

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ほっとして 風邪?

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虚空蔵山で「慈尊院から高野山にお参りします。元気に歩けますように」とお願いした。次の日は雨が近いので、玉ねぎに肥料をやり草引きも頑張った。
金曜はコーラス。土日は溜まっている家事を頑張り、月曜は太極拳の後、畑。
雨で肥料が効いたのか、玉ねぎが一回り大きくなっていた。
火曜日は、Iさん家で“お花見の芋煮会”立派なシイタケをお土産にもらう。
水曜は雨の予報だったので、「町石道を歩き隊」は紅葉谷は中止し有馬富士から共生センター往復を家から歩いた。随分長距離を歩くのに慣れてきた気がする。

高野山町石道は、いよいよ来週だ。4月に入ってから毎日天気予報が気になって・・気になって・・ずっと雨マークがとれなかったのが・・晴マークになって・・

とたん、鼻水が止まらなくなり、風邪?

写真は、5日にお参りした宇土観音さんの桜です。

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おじいさんの楽しみ

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恒例の “おいしいすき焼き” をお腹いっぱい食べた孫たちのお泊り会、次の日は有馬富士公園で三角ベースをしました。

退職以来、年100回のゴルフを楽しみにしているお父さんですが、もう一つの楽しみが孫と過ごす時間です。しびれる足を少し引きずりながら、ピッチャーをします。

中学2年になった優ちゃんは、大きく育ちバスケット部員。小学6年のみずきちゃんもバスケット。4年生のとっくんは球技ならなんでも上手にこなすけど、まずエレクトーン。まさとくんは5年生、はるくんも3年生になり、空手とサッカーを習っている・・・おじいさんがひそかに願う、野球少年の道は誰も歩んでくれなかった。

それでも、おじいさんの投げる球を打つのは楽しいらしく、三角ベースは盛り上がる。おじいさんは孫の振る軌道めがけてボールを投げる名人なのだ。

孫たちがそれぞれの家に帰ると 「はるの、球に食らいついていくスイングは素晴らしい・・」おじいさんの、はるくん自慢が始まる。
ほんまや・・はるくんは、教えなくても守備の体勢で守っている。

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